鑑賞後の何とも言えない気持ちは、自分自身の心を覗かれたようなストーリー展開から来るのかもしれません。

閉塞した環境でマイノリティは生きていけないのか

個人が持つ正義感と集団心理で作られた正義感はどちらも間違っていないと考えます。

善次郎の時も豪士の時も、あの状況下で本心のままに意見を言える人は少ないでしょう。

マジョリティ集団の中に自分を置くことで、安心感を得る人の心理状態を責めることはできません。

閉塞した社会は、孤立した人間にとって、さらに生き辛い環境だといえます。

紡が立て看板を引き抜いた理由

宗教、瞑想、信仰

立て看板を引き抜いて川に捨てた紡の行動は、暗いドラマの中で一筋の光を見たようでした。紡の心情に迫ります。

初めて自分の感情をあらわにする

立て看板を引き抜いた紡は、初めて自分の感情のままに行動しました。

誘拐された愛華が生きて幸せに暮らしていると信じていたのです。

町で愛華によく似た女性を見かける紡。幼い愛華を追いかけるように歩く豪士。

いずれも、幻ではなくかすかな記憶と紡ぎの願いだと思われます。紡は自分の考えを信じることにしたのです。

村に住んでいた時に言葉にできなかった自分への嫌悪感

紡には、村で感じていた閉塞感から逃げ出した自分への嫌悪感もあったようです。

紡は幼いころのY字路での別れの時に、愛華の姿を見ていたのです。愛華を追う豪士のこともわかっていました。

自分の見たままを言葉にして伝えることに恐怖感があったのでしょう。

豪士が誘拐事件の犯人だと話す人々に、確信めいた証拠を訴えることになるからです。

豪士が誘拐するはずはないと思いながらも、心のどこかで疑いを持っていた自分を責めていたのかもしれません。

広呂から伝えられた楽園を作れの意味

紡が自分に自信を持って行動することを後押ししたのは広呂の言葉でした。

誰でも言いたいことを正直に発言できる場所。本当の平和を感じられる楽園を故郷に作ろうと紡に伝えたのです。

悲劇の連続の中で、広呂の言葉と紡の信念は前を向いていました。

愛華の名前を呼んだ声の正体とは

街で見かけた愛華によく似た女性。名前を呼んだ声の正体は、紡の心の声だったと思われます。

どこかで幸せに暮らしていると信じる紡の気持ちが声になってあらわれたのでしょう。

映画の中では幻のように見えますが、大人になった愛華を偶然見かけたのは事実と考えます。

紡の行動と表情には、もう後悔はしないという強い信念があらわれていました。

まとめ

悩みの仮面

人間の心の裏側には、邪悪な心情が潜んでいるのです。

誰もが目を背ける心の闇はひとりでいる時にはなりを潜め、集団になると途端に表面に出てくるのです。

集団心理の怖さは、誰が標的になってもおかしくありません。正直者や新参者に矛先が向くことも多いでしょう。

限界集落は日本に多数残っています。この映画のような悲しい事件が起きる可能性も大きいと思われます。

紡の行動が、楽園といえる村づくりに一歩近づいていると信じましょう。