元々渚が空を連れて迅のところにやってきた理由は空の親権を巡る離婚調停によるものでした。
しかし、日本においては余程のことがない限り法律上の親権は母親にあるものとされています。
そう、このように自分なりの生き方を貫こうとすると必ず日本の常識や法律が障壁となるのです。
この行き場のない重苦しさ・閉塞感が堪えきれずに突然のキスという形で爆発してしまったのでしょう。
緒方の死が与えた影響
本作で2つ目の象徴的なシーンが物語後半の山場の1つである猟師・緒方の死です。
彼は迅にとって仕事の先輩であると同時によき理解者・メンターでもありました。
果たして緒方の死は物語全体としてどのような影響を与えたのでしょうか?
カミングアウトする勇気を与えた
まず1番大きな影響は弟子にして後輩であった迅にゲイをカミングアウトする勇気を与えたことです。
緒方は死に際に迅に対してこのような台詞を残しています。
誰が誰を好きになろうとその人の勝手や、好きに生きたらいい
引用:his/配給会社:ファントム・フィルム
人生の師ともいえる人が命を賭して自分に正直に生きることの大切さを迅に説いてみせました。
この魂の言葉があったからこそ、迅はそれまで認めまいとした気持ちに正直になることが出来たのです。
つまり、緒方の死は膠着状態に陥った物語を大きく前進させる推進力となったと推測されます。
裁判で戦う勇気を与えた
そんな迅に突き動かされるように渚もまた裁判で空の親権を勝ち取ろうと戦う覚悟を決めさせました。
渚は離婚調停で空の親権を妻の玲奈に取られてしまう現実が認められず逃げ回っていたのです。
しかし、自分の気持ちに正直に生きることで強い覚悟と芯が出来て周囲も認めてくれることを迅に学びました。
そんな迅の期待に背かないよう自分もまたわがままに生きようと決心したのではないでしょうか。
それは前半曇りがちだった渚の表情が終盤に向けてどんどん自信とエネルギーに満ちていく過程に見て取れます。
世間の目ではなく自分がどうしたいのか?
同性愛を受け入れて生きる迅と渚を通じて物語としての大事なテーゼがここで確立されたといえます。
それは「世間の目ではなく自分がどうしたいのか?」というとても真っ当なものでした。
しかし、LGBTという少し特殊な題材になるだけでこんなにもハードルが上がってしまうのです。
そのように世間の目という名の空気が民意となり、その民意が「普通」という目に見えない物差しを作ります。
そんな物差しが所詮はまやかしでしかないことを2人はとうとう理解し実践するに至ったのでしょう。
2人の覚悟と同性愛が受け入れられた理由
緒方の死によって自分たちの本心と向き合えた2人は覚悟を決めて同性愛の戦いを始めました。
そんな2人が周囲に受け入れられるようになった理由は果たしてなんだったのでしょうか?
個人の自由を縛ることは出来ない
1番の理由は個人の自由を他者が縛ることは出来ないということを示したからです。
憲法において個人の尊厳は保証されており、それ自体は非難されるものではありません。
自分自身が本気でそれを望んで行動していけば、いつか周りは認めてくれます。