単に頼まれた牛乳を買い忘れるなどといった些細なミスであるのに、ひろみはそれを自分が無視されていると大げさに捉えてしまいました。

ひろみには隠れビッチをやっていた頃の自己肯定欲求の後遺症が残っていたのです。

彼女はそれに気づかず三沢にくってかかり、あまりにも極端なひろみの対応に三沢も一度距離を置こうと決断しました。

修復できたわけ

三沢の判断は適切だったといえます。距離を置くことによって、ひろみは自分の三沢に対する暴力が父親のDVと同じだと気づきます。

さらに重要なのは三沢こそがひろみという人間を丸ごと受け入れてくれる不可欠な存在であることに彼女が気づいたことでした。

自分が肯定されていることを確認しなくてもよい心の安らぎは、なにものにも代えがたいものだったのです。

三沢は一度距離を置くことによって、ひろみがこれらのことに気づくと信じていたに違いありません。

3月10日の一月後

3月10日の一月後はいつでしょうか。ひろみはそれを4月10日と考え、その日に三沢からコンタクトがないことに失望します。

三沢はそれを4月11日と考え、その日にひろみに会いに行きました。

三沢はひろみから3月10日の一月後は4月10日だと言われて、そういう見方もあると気づくのです。

このように、互いに深い絆があるはずの二人にも日常的に微妙な感覚の相違は起こりえます。

それを三沢のように「そのような見方もあるのだ」と相手の感覚を認める寛容性こそが重要なのです。

その積み重ねこそが二人の人生を豊かにしていく大きな力になり得ます。

ひろみは特別か

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ひろみはたちの悪い隠れビッチでした。でも彼女はそれほど特別だといえるでしょうか。

人、特に女性は異性からよく思われたいと考えるのはある意味当然です。

そのためにある程度の演技や計画を実行に移すこともまた一般にあり得る行動といえます。

そしてそのことを多くの人は表面上隠すではありませんか。

そうです。女性は大なり小なり皆、隠れビッチといえなくもないのです。

彩とひろみ

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彩とひろみは一見正反対の生き方をしているように見えます。

彩はひろみを隠れビッチと軽蔑しますし、ひろみはひろみで彩をヤリマンと罵る毎日です。

彩も心の奥にしまい込んだダークサイドを持っているはずです。体の関係という彼女の使える武器でそれを覆い隠しているのではないでしょうか。

肉体関係でつながっていれば相手は一応彩という女性をわかったつもりになるのです。

彩とひろみは女という武器の使い方こそ違え、やっていることは本質的に同じなのかも知れません。

ひろみのように彩もいつか体の関係に依存しなくてもわかり合える男性と巡り会えることを祈るばかりです。

【“隠れビッチ”やってました。】はひろみの成長物語

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【“隠れビッチ”やってました。】は題名のとおり過去形です。ひろみはもう隠れビッチをしていません。

彼女は剛や三沢との出会いによって、いずれどこかで破綻するとわかっていた隠れビッチの世界から足を洗うことが出来ました。

人は自分自身だけでは成長できません。人との関係の中で少しずつそれまでとは違うよりよい自分に変わっていくのです。

この作品はひろみの物語ですが、三沢の目線で見ても、人と人がわかり合うことの難しさと素晴らしさを感じ取ることが出来ます。