立ち退きはその最後の一押しになりました。だから家族は別の道を歩み始めたのです。
悲しみへの区切り
もう一つ考えられるのが「時生の死の悲しみに区切りをつけるため」というものです。
いじめに耐えられず時生は自ら死を選びました。家族にとって焼肉ドラゴンやこの街は消えない悲しみを思い出させる場所です。
大切な場所であることは確かですが、ここに居続けることに耐えられない思いもあったと想像できます。
立ち退きと娘たちの自立。皆が新しい人生に進まなければならない時がきました。
いつまでも悲しみを引きずるわけにはいかない。
家族は時生を思いながら、しかしその悲しみをここで終わらせるために別々の道を選んだのです。
時生の転校を許可しなかった理由
いじめに苦しむ時生の姿を目の当たりにしながらも、龍吉は転校を許可しませんでした。
その理由は龍吉自身が語るように、これから日本で生きていくために日本の教育が必要だと考えたからです。
辛い出来事に耐えてきた龍吉は、時生にも同じように苦しみに耐えて強く成長して欲しいと考えていました。
故郷に帰ろうと試みたものの、龍吉はそれを果たせなかったのです。
日本で暮らすしかなかった龍吉が、日本人でない故に様々な差別や不条理な目に遭ってきたことは簡単に想像できます。
そのため息子には、暮らすことに不自由しないくらいの学をあげたかったのではないでしょうか。
韓国人であっても、母国の言葉を話すこともできない時生は日本で生きていくしかありません。
しかし父のそうした気持ちは、時生をさらに苦しめるものでした。
時生を苦しめたもの
時生を死に追いやるほど苦しめたものは二つ存在します。
学校でのいじめ
一つ目は学校で受けるいじめです。差別からくるいじめにより、時生は失語症にまで追いつめられています。
たくさんの人間がいる中で、時生に手を差し伸べようとする人間は誰もいません。
教師ですら時生を助けようとはしません。それどころか、ただ成績のことを龍吉に伝えるのみでした。
学生である時生にとって学校は世界の全てでした。そこがこのような地獄であったために、時生の精神は疲弊していきましす。
家の屋根から広い空を見る時生の晴れ晴れとした表情が牢獄のような学校と対になり、彼の苦悩をより鮮明にしています。
苦しみを理解しない家族
時生を苦しめたもう一つのものは家族の存在です。
転向を認めない父の龍吉は英順が訴えかけても、彼女の話に聞く耳を持ちませんでした。
もしも龍吉が英順の言葉に耳を傾けていたら話は違っていたでしょう。