ロンはどさくさに紛れてデュークの肩に手を回したポラロイド写真におさまります。
彼はなぜこのような行動をとったのでしょうか。
白人至上主義を主導するデュークにとって黒人と肩を組む写真など存在すること事態が論外です。
彼にとっては著しい侮辱であり不名誉といえます。
それが証拠に彼はロンに向かってルイジアナでの仕返しを宣言するではありませんか。
実はこれもロン流の人種差別への抵抗であり抗議なのです。
デモ行進をしたり石を投げつけるだけが抵抗運動ではありません。
デュークに電話で話していたのは実は黒人だったとか、黒人と肩を組んだ写真を撮るとかの方が、してやったり感は強いかも知れないのです。
デュークがだまされた理由
それにしてもデュークは見事にロンたちに欺かれてしまいました。
電話で黒人の悪口を言い合っていた相手が実は黒人であるロンだったのですから。
真相を知らされたデュークは、にわかにその現実を受け止められなかったのではないでしょうか。
彼はなぜいとも簡単にロンたちに騙されてしまったのでしょう。
そこにはロンやフリップたちの演技の巧みさ以上のものがありそうです。
思い込みということ
デュークにはロンが黒人などではあり得ないという強い思い込みがありました。
KKKに入団したいという者が黒人であるはずがないのです。
人は一度強い思い込みを持つと容易にその思い込みから抜け出すのは難しいのでしょう。
非情に優れた客観性を持つ者以外は実際そうなのです。デュークは所詮その程度の人物だったといえるのかも知れません。
信じたいことを信じる
また人は信じたいことを信じる傾向がある存在でもあります。
極端な思想のKKKはメンバー獲得に躍起になっていたのです。
少しでも熱心なメンバーを増やしたかったので、関心を示してくるロンたちを熱心な白人至上主義者だと信じたかったのではないでしょうか。
作品の中では怪しいと思われても仕方ないような場面が幾つかありました。
でもKKKの連中は一部を除いてこれらをスルーしてしまうのです。
強烈な皮肉が込められた【ブラック・クランズマン】
差別や偏見は自分の立ち位置を無理矢理確認しようとする人の愚かな行為です。
差別される人が別の差別する対象を探したりします。
際限も期限もありません。人が人である以上繰り返される愚行なのかも知れません。
残念なことに歴史上幾つかの取り組みはありましたが、差別は別の形で地中深く潜んでしまった面も否定できないのです。
誰しも明快な答えを持ち合わせていないことに人種差別の大きな悲劇があるのでしょう。
ひょっとしたら神のような超人的な力を持つ存在を人類が将来生み出すことができたら、それのもとに人類は平等意識を持てるのかも知れません。