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年間制作本数・映画館観客総数ともに世界一を誇る映画大国・インド。
近年のこの国の作品の中で、あらゆる国と世代の人の心に響く感動作をひとつ挙げるなら、この【きっと、うまくいく】でしょう。
スティーヴン・スピルバーグやブラッド・ピッドも絶賛した本作。
痛快学園コメディの顔を持ちつつ、インド国内で長年の社会問題となっている学歴競争というテーマを根底に流した作品です。
加熱するインドの教育問題に一石を投じながら、“今を生きることの大切さ”を観る者に問いかける本作。
この作品がなぜ観る者の感情をこれほどまでに揺さぶるのか?
ここでは、インド芸術における9つの感情を表す言葉「ナヴァ・ラサ」を軸に徹底解説していきます。
インド映画の面白さ
ストーリーの途中で色鮮やかな衣装を身にまとった主人公たちがエキストラとともに突然踊りだします。
突然繰り広げられるミュージカル風シーン
何故、突然踊りだすのでしょうか?
かつてインドではラブシーンがご法度であったため、男女の気持ちが昂る様子を踊りで表現していたことが背景の1つにあります。
以前ほど規制が厳しくなくなった現在でも、1作品につき3~6曲の”ミュージカル風シーン”が含まれることが一般的です。
本作も例外ではなく、主人公のランチョーは親友や想い人と、心躍るミュージカル風シーンを披露します。
全編通して2曲という曲数は、インド映画にしては少ない方といえるでしょう。
「ナヴァ・ラサ(=9つの感情)」という考え
ミュージカル風シーンと並んで、インド映画にとって重要なのが、「ナヴァ・ラサ(=9つの感情)」の概念です。
ほとんどのインド映画のストーリーには、ナヴァ・ラサが組み込まれているといわれています。
一般に、人間の心には8つの感情点が認められており、外界からさまざまな刺激を受けることで感情が発せられます。
映画などの芸術作品を鑑賞する際、この一般的な感情と似て非なるものが発せられると考えられています。これが「ラサ」です。
8つのラサが混ざり合って脳に達することで、9つめのラサ=芸術的エクスタシーを味わえる。
これが、「ナヴァ・ラサ」の考えです。
インド芸術における「ナヴァ・ラサ」
では、ナヴァ・ラサとはどのような概念なのでしょうか?具体例を挙げながら解説していきます。
「9つの感情(ナヴァ・ラサ)」とは何か
以下に、9つの感情(=ナヴァ・ラサ)を列挙します。1~8が8つの感情点、9が芸術的エクスタシーです。
わかりやすいように、9種のラサに該当する現代映画のジャンルや要素を記載しました。
- シュリンガーラ=恋 → ラブロマンス
- ハースヤ=滑稽 → コメディ
- カルナ=悲 → お涙頂戴
- ラウドラ=忿怒 → 復讐
- ヴィーラ=勇猛 → アクション
- バヤーナカ=恐怖 → スリル
- ビーバッサ=嫌悪 → 敵役の存在
- アドブタ=驚異 → サスペンス
- シャーンタ=平安 → ハッピーエンド
これらが初めて言及されたのは、インド古典演劇百科全書『ナーティヤ・シャーストラ(2~5世紀)/バラタ著』の6章です。
実は『ナーティヤ・シャーストラ』の時点では、ラサは「アドブタ」までの8種類しか記されていませんでした。
後の11世紀頃、この百科全書の注釈書『アビナヴァ・バーラティー』で、第9のラサとして「シャーンタ=平安」が記載されます。
これ以降、ラサは9種と考えられるようになったようです。
ラサが一般的な感情と異なるのは、この9つ目のシャーンタに昇華される点です。
例えば、現実世界の出来事が起こった際に発せられるカルナ(3.悲しさ)が、自然と昇華されていくことはありません。
けれども、映画の悲しいシーンを観て発せられるカルナは、物語を追うごとに発せられるその他のラサと混じり合います。
そして作品を観終わる頃にはシャーンタ(芸術的エクスタシー)に昇華するのです。