彼女は本当にアン女王を友人として以上に「特別」愛していたのでしょう。
ただしあくまでも友愛の延長上であり、限界のある愛なのです。
アビゲイル
没落した貴族の生き残りだけあってしぶとく、並々ならぬ野心を持ち、それを叶える頭脳もある女性です。
驚くほどのスピードで出世しアン女王の側仕えとなりますが、サラと違ったのは「アビゲイルにはアン女王への愛情がない」ことです。
あくまでも自分が上流貴族となるためだけに、アン女王の性事情まで利用してのし上がります。
ウサギへ向けて「かわいい」と言い「1人ずつ」かわいがったのは彼女だけですが、最後にはウサギを踏みつけ、かわいがってなどいないことがわかります。
また結婚相手との初夜にはサラへの追撃手段を考えるほどです。
わたしはいつだって自分の味方
引用:女王陛下のお気に入り/配給: 20世紀フォックス
と語ったように、彼女が愛していたのは自分自身です。
貴族の遊びは理解しにくい
豪華絢爛な夜会はもちろん、アヒルの競争やロブスターを闘わせて勝ったものを食べるなど、貴族の遊びはときに庶民には想像がつきません。
これは欧米特有の文化といえるでしょう。
作品内では滑稽に描かれたその遊びについても考えると、より作品の理解が深まります。
貴族の戯れに見るサド侯爵との共通点
貴族の遊びは美しく華やかなものを通り過ぎると醜くいっそ哀れなものになるというのは、欧米で共通している文化です。
「SとM」「サドとマゾ」の由来となったマルキド・サド侯爵は自身の著書でも醜悪な「戯れ」をつづっています。
身分の低い者同士を殺し合わせてそれを見物したり、ときに自らを身分の低い者たちにムチを打たせたりします。
カツラで男装した全裸の女王のシーンなどは、大抵のことは思い通りになる身分だからこそ手のひらの上での反乱を楽しむ貴族、王族ならではの「戯れ」です。
そしてだからこそ、この作品は武士の心を尊しとする日本ではあまり評価されていないのでしょう。
原題は「The FAVORITE」
この作品名は日本語では「女王陛下のお気に入り」ですが、原題は「The FAVORITE」であり、「The Majesty’s FAVORITE」ではありません。
そしてこの作品には、それぞれ章の区切りがあります。
その理由について考えていきましょう。
第1章This mud sinks
これはアビゲイルが女中に騙され、サラや上流貴族の集う部屋に入れられたときにアビゲイルが放ったセリフです。
日本語では、「ここの泥は臭い」と訳されています。
アビゲイルはこの女王の宮殿近くの場所のにおい、それを嗅がなければいけない身分が気に入っていないことを表しています。
第2章I do fear confusion and accidents
これはサラとアビゲイルが射撃に興じるシーンで、サラが「女王との夜の関係まで知っている」とほのめかしたアビゲイルに空砲を放ったときのサラのセリフです。
困惑させるようなことや不慮の事故が怖くてたまらないという言葉も、几帳面で政治を牛耳りアン女王の気分まで左右するサラの気に入らないことを表しています。
第3章What an outfit
アビゲイルへ夜這いをかけたマシャムへとアビゲイルが放った言葉ですが、素のマシャムは気に入っていても貴族の化粧は気に入らないという、アビゲイルの好みをしっかりと表しています。
第4章A minor hitch
日本語で「ささいな障害」と訳されていますが、ここが物語の大きな転機となっています。
ハーリーにとって女王の体調を利用して増税を妨げることなどささいな障害ですし、アン女王との仲を信じているサラにとってアビゲイルの存在などささいな障害です。
頭脳明晰なアビゲイルにとってマシャムと結婚するために女王に取り入ることなどささいな障害ですし、女王にとって貴族たちの覇権争いや戦争でイングランドが後退すら、いずれ訪れる勝利のためのささいな障害です。
誰にとって何が障害となっているかを考えると、より一層これからの展開を楽しめる章となっています。
ただし「ささいなものであっても障害」であることには変わらず、誰にとっても好ましくないものです。
第5章What if I should fall asleep and slip under?
「居眠りして転げ落ちる」というのはサラが落馬したことと、アン女王の第1側近ではなくなったことを意味します。
誰でも自分がいない間に自分を1番頼りにしてくれていた人物が他人を頼るようになっていると不愉快です。
第6章Stop infection
「化膿を止める」という訳が付けられていますし作中でも「化膿を止めないと」というサラへのセリフがありますから、実際にケガにまつわることだと考えてしまいがちです。
ただそんなことでは章のタイトルにはなりません。
これはアビゲイルが以前よりサラから「毒」と称されていたことと関係しています。
国にとっての毒、アビゲイルというアン女王を蝕んでいく「膿」を早く止めないと、アン女王もイングランドもすべて腐ってしまうというサラの危惧も含んでいるのです。
第7章Leave that I like it
ついに上流貴族の仲間入りを果たしたアビゲイルのセリフです。
ここでようやく「気に入っている」という直接的な表現が出てきます。