最後に姉のマグダとの再会を果たせたのも、マッコールの裏での引き合わせがあったと予想されます。
事件を真っ先に見つけられる
「彼女を部屋まで送って」という青年の端的な言葉とエイミーの服装から強姦を疑ったマッコール。
彼はエイミーを病院に届けた後、彼女を傷つけた青年らのもとへ殴り込みに行きます。
出典:イコライザー2/配給:ソニーピクチャーズ
こうして犯罪をいち早く見つけられるところは、彼の人柄の良さを存分に発揮できる点です。
また経済格差の大きなアメリカ発の作品だからこそ、こうして権力と富のある者の息子すら殴って脅して従わせる点は民衆の心をぐっとつかんだことでしょう。
喜びと悲しみの両方を運ぶ
タクシードライバーとしての仕事を連続で行うシーンでは、大学合格を喜ぶ女性や出征の決まった青年を乗せています。
そうした人物たちに微笑みかけたり、ときに話しかけたりするところから、マッコールはタクシードライバーを単なる「運転手」だとは考えていないことがわかるでしょう。
「他人が喜んでいるときには一緒に喜び、他人の悲しいときには一緒に悲しんで彼なりのエールを贈る」ことがタクシードライバーの仕事だと捉えているのです。
好人物すぎる彼にぴったりの仕事だといえるでしょう。
助ける人の選び方
いかに彼が人の良すぎる人物であっても、全米や全世界の人を救えるわけではありません。
彼の「人助けの基準」は非常にはっきりしています。
関係ない人は関係ない
彼が救うのは「自分と関わった人物」だけです。
自分と関係のない人は助けません。
その区切りの明確さは殺し屋である彼の「非情な部分」ともいえるでしょう。
ただ彼は人間ですから、困っている人を見かける度に世界中を駆けずり回ることはできません。
冷静で賢明な判断ともいえます。
彼が助けた人には強姦に遭ったエイミーと、行きつけの本屋の娘がいます。
そして彼を本気にさせたのは友人のスーザンの死と、隣人のマイルズの誘拐です。
対比や「2」にこだわる描き方
イコライザー2は、「2」だからなのか、2にまつわるものが多く登場します。
痛みは2種類
マッコールは「身体の痛みと改心の痛み」のどちらかを選ぶことを冒頭のシーンで、誘拐犯であり父親である男に迫ります。
出典:イコライザー2/配給:ソニーピクチャーズ
一般的には「痛みは2種類」というと「身体の痛みと心の痛み」ですが、牧師姿のマッコールが告げたのは「改心の痛み」です。
これはマッコールが殺し屋から改心してタクシードライバーになる際に苦痛を伴ったことを意味しているでしょう。
死人は2度死ぬ
「人は死んだときと忘れられたときの2回死ぬ」
出典:イコライザー2/配給:ソニーピクチャーズ
マイルズの言葉に、マッコールは深くうなずきます。
彼は死んだことになっている「死人」であり、唯一忘れず繋がってくれているのはスーザンだけです。
だからこそ、スーザンに忘れられたとき、もしくは本当に命を落としたときに自分はもう1度死ぬと考えたことでしょう。
罪などない。善もな。
敵となって立ちはだかるデイブがマッコールへかけた言葉です。
マッコールは本屋の娘を助けるために数人の男を殺しています。
本屋の女性や娘にとっては「善行」ですが、人殺しは「悪行」であり罪となるものです。
「善に悪がつきものであるならば、悪が背負うべき罪は存在しない」
出典:イコライザー2/配給:ソニーピクチャーズ
そういうデイブの言葉は、とても難しく奥深さを伴っています。
人助けを行ってきたマッコールにとってはかなり考えさせられる言葉となったことでしょう。