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アメリカ映画史を語る上で欠かすことが出来ない「アメリカン・ニューシネマ」。
その代表格の1つ「卒業」はサイモンとガーファンクルの音楽と共に私たちの記憶に深く刻まれています。
メタファー(暗喩)に満ちたこの映画は、読み解くほどに面白さが見えてきますが、その示すものは一体何なのでしょうか。
「イルカの日」や「ワーキング・ガール」といった社会派人間ドラマの名匠マイク・ニコルズが本作に埋め込んだものは何か?
これを探して、このアカデミー賞監督賞受賞作品「卒業」の主張を見ていくことにしましょう。
マイク・ニコルズの世界
エンタメの天才
マイク・ニコルズは残念ながら2014年に83歳で亡くなっています。
彼は史上たった9人しかいないエミー賞、トニー賞、グラミー賞、アカデミー賞というアメリカショービズ界4つの大きな賞をすべて受賞しています。
まさにエンタメの天才といっても過言ではない人物です。
遺作となる「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」(2007年)に至るまで社会的風刺、告発の味付けを持ちつつ娯楽性を失わない作風が魅力の監督でした。
ニコルズはコメディー・パフォーマーからオフ・ブロードウェイの舞台に進出、やがて演出も手がけるようになります。
そして1966年に「バージニア・ウルフなんてこわくない」で映画監督としてデビューしました。
そしてその翌年35歳の時にメガフォンを取ったのが彼にとって2作目の作品となる「卒業」でした。
時あたかも世界の映画の潮流は「ニューシネマ」の時代。マイク・ニコルズの作劇にもその影響が大きく出ることになります。
アメリカン・ニューシネマの嵐
閉塞感に覆われたアメリカ社会
「卒業」が作られたのが1966年。
当時のアメリカはベトナム戦争の泥沼化、ケネディ兄弟やキング牧師の暗殺、公民権運動など社会は閉塞的なムードに覆われていました。
その中で若者たちは旧来のものを否定し、怒りと反抗をもって自由で新しい世界を求める運動を始めます。
それは音楽、演劇、映画などといった芸術分野で顕著に現れサブ・カルチャー、カウンター・カルチャーと呼ばれました。
大人たちが築いてきた社会体制や宗教、親の意見に従うこと、女性は家で家事と子育てをするなどという価値観は「ウソ」なんだ!
もっと自由であるべき!だとする考えが広がります。
ヒッピー、ドラッグ、ロック音楽やフリーセックスなどの現象が現れました。
ハリウッドにも嵐が
ハリウッドでもこれまで作られてきた美男美女のハッピーエンドな恋愛話、正義は必ず勝つ!方式は「ウソ」なんだ、と現状が否定されます。
そして、もっと「自由で新しい表現」を求める動きが急になっていくのです。
実際の人生はもっとみっともなく、惨めで苦しく、負けることだってあるさ、と社会の不条理に向き合い、体一つでぶつかってみる。
しかし結果、やはり体制に勝てないのではないか、という表現が生まれていきます。
自虐的勝利とでもいえそうな結末を好みました。
「俺たちに明日はない」「明日に向って撃て!」「イージーライダー」と次々と傑作が誕生していきます。
それは若者らの「希望」であると共に「絶望感」の裏返しでもあったのでした。
こうした流れはフランスのヌーベルヴァーグ、イタリアのネオリアリズモからの影響など全世界的な潮流となっていたのです。
そして「卒業」
低予算と新人
「卒業」は上記のような社会的風潮を踏まえて製作されました。
内省的であるものの決して観念的にならず具体的表現の中に暗喩を埋め込み、作品としての主張としています。
この辺りニコルズ監督の手腕が冴えます。
この手の映画はメジャーの配給が相手にしなかったため、低予算で製作されました。
俳優もギャラのかからない新人レベルを使うのが低予算作品の定石。
ニコルズ監督はNYで舞台をやっていた関係から、舞台俳優のダスティン・ホフマンを連れてきます。
映画初体験の30歳の若造を主役に据えたのです。