もうひとつ有力な説が、彼は性病にかかっていた、というものです。
彼の下宿は売春宿の二階にありました。そこの娼婦と関係をもち梅毒を移されたモーツァルトは、治療のために水銀を服用していたようです。
梅毒治療のために用いられる水銀は、腎臓が健康なら問題はないのですが、モーツァルトはかなりの酒飲みでした。
腎臓はボロボロで、水銀の作用に負けて衰弱してしまったのだという話があります。
死にまつわること
コンスタンツェがその時期に温泉に行っていたのも事実です。
ただ、モーツァルトのもとに帰ってきたのは映画のように彼の死の直前ではなく、彼の亡くなる2,3ヶ月前に戻ってきています。
もうひとつ、興味深い事実があります。モーツァルトは誰かに毒を盛られたと思っていたようです。
また、モーツァルトは「サリエリが自分の仕事を妨害している」と周囲にあてた手紙に書いていました。
サリエリは実際にモーツァルトの宮廷での仕事を妨害していたかは定かではありません。
しかし、モーツァルトの死因が謎に包まれていることもあり当時の新聞はスキャンダラスに「サリエリが毒殺した」と書き立てました。
モーツァルトの葬式
モーツァルトの葬式は、映画のとおりだったのでしょうか? 実際は、映画よりももっと酷いものでした。
彼の葬式にはたった5人しか集まりませんでした。むしろ映画のほうが人数が多いのです。
同時代の作曲家ベートーヴェンの葬式には2万人の人が集まったというのですから、さらに悲惨さが際立ちます。
モーツァルトの葬式が簡素なものになってしまったのは、お金に困っていたからコンスタンツェがこれでいいと言ったという説もあります。
ですが、時代的な背景ももちろんあります。
当時の埋葬事情
その時代、庶民の葬式は棺を使いまわして死体を運び、共同墓地の穴に投げ込まれるのが普通でした。
モーツァルトは宮廷に認められた音楽家といえども結局は庶民ですから、慣例に従って庶民の葬式になったとも考えられています。
また、コレラの流行で墓場に近寄ってはいけないという決まりがあったのです。死体からコレラ菌が感染するのを防ぐためですね。
以上の理由から、モーツァルトの最期はあんなにもあっけなくうら寂しいものになってしまったようです。
映画のモーツァルトの死に関する部分は、あるていど事実に忠実に作られていました。
サリエリの計画
では、サリエリのモーツァルト殺害計画も事実だったのでしょうか?
この点に関しては、脚本家のピーター・シェーファーが事実を参照しながら脚色したものです。
実際のところは、サリエリはモーツァルトを殺していませんし、仮面をかぶって依頼していません。
ですがこの脚色は、確かな事実を参考にしています。
レクイエム制作の史実
まず、モーツァルトに匿名でレクイエムを依頼した男がいる、というのは事実です。
これはヴァルゼック伯爵という人物がしたことでした。伯爵は執事を使って秘密裏にモーツァルトにレクイエムを依頼しました。
そしてヴァルゼック伯爵は、レクイエム完成の暁にはそのレクイエムを自分の作曲だと周囲にほのめかそうとしていたのです。
また、ヴァルゼック伯爵が使いに出した執事の見た目が、ガリガリに痩せた骸骨のような容貌だったそうです。
なのでモーツァルトはその男があの世からの使者で、レクイエムをモーツァルト自身の葬式用に作れと命じているのだと思い込みました。
伝説の名シーン
この映画『アマデウス』で一番迫力があり、映画史でも屈指の名シーンであるモーツァルトとサリエリの共同制作シーン。
これは史実でしょうか、脚色でしょうか?
実際に、レクイエムは口述筆記されました。
しかしその相手はサリエリではなくモーツァルトの弟子のジュスマイヤーという人物でした。
しかもレクイエムは骨組みしか完成しておらず、ジュスマイヤーと後世の音楽家が肉付けを行っています。
しかし、これだけの名シーンが撮られてしまうと、観客はもう脱帽して沈黙するしかありません。
ここで価値があるのは映画がどれだけ史実にもとづいているのかではなく、どれだけのドラマと感動を生み出したかということなのです。
天才モーツァルトと凡人サリエリ
サリエリは劇中で何度も自分には才能がなく、モーツァルトに比べると凡人だと言っていました。