ずっと「チャンプ」です。
それは世界中の人々に誇れる実績をもつ父親を敬愛しての呼び方であり、TJの憧れと誇りを表しています。
憧れと誇りももちろんです。
しかし引退してだらしない生活を送るビリーに対してもチャンプと呼び続けたのはもうひとつの意味があります。
「いつかまた誰もに誇れる父になってくれる」という、失望の裏返しの期待も含んでいたのです。
ビリーをリングへ立たせたものは?
終盤、何かに急き立てられるようにビリーは復帰を決意します。
そこにはどんな思いがあったのでしょうか。
アニーとの再会
アニーが現れたことは、復帰を決意させた一要因でしょう。
ただし強い自分を見せて好意を寄せてもらうためもあります。
しかしそれよりも、以前借りた2000ドルを返済するつもりだったようにも窺えます。
これは試合後に、しきりに賭金の話を繰り返していることから解釈できることです。
TJのために
最も大きな要因は、最愛の息子TJの存在です。
彼に父親として誇れる姿を見せるため、そして彼を学校などのより良い環境へ送り出すために、ビリーは復帰を決意します。
手段はやはり彼の唯一とも呼べる特技であり、TJが憧れ続けた、「ボクシング世界王者」に返り咲くことでした。
それが最もTJを喜ばせることになると彼は考えたのでしょう。
死期の悟り
ビリーはイライラするとポケットやベッドサイドからラムネのようなものを取り、1粒口に含みます。
これが頭痛薬だと判明するのはジャッキーとの会話の中です。
恐らく彼は脳震盪や脳出血、脳腫瘍か何かを患っており、頭への打撃に耐性がありません。
そのことは彼が自分で1番よくわかっており、これが最後の挑戦になるかもしれないとも感じていました。
だからこそ彼は本気で再びリングに立つことを決心したのでしょう。
子供に対して何ができるか
作品を通じて描かれる親子愛には、父母ともに共通点があります。
それはビリーが最期に「俺たちは愚かだった」とTJに聞かせること、またTJがラストシーンでアニーに抱きつくことからわかります。
時間は巻き戻らず、やり直しはできません。
されど補填することはできます。
過去を悔いても何もできませんが、それを糧に新たなことをすることはできるのです。
この作品のテーマは親子愛です。
しかし描かれているのは、複雑な親子の関係性とその死へ向かう姿です。
これは「チャンプ」は単なるボクシングを題材とした親子愛で終わる作品ではないと示唆しています。