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【ミスト(ネタバレ)】ミストとは一体何だったのか解説!結末に至ってもなお晴れないのはどこの霧?なぜ人々は宗教を求めたのか

SF

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B019GQN1GI/cinema-notes-22

フランク・ダラボン監督の傑作『ミスト』は2007年に制作されたSFホラー映画。

怪物が潜む深い霧に覆われてしまった街のスーパーマーケットを舞台として、そこに閉じ込められた人々の恐怖を描いた群像劇です。

原作は押しも押されもせぬホラーの帝王スティーヴン・キングで、フランク・ダラボンによるスティーヴン・キング原作の映画化は本作『ミスト』で3本目になります。

フランク・ダラボンは、傑作『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』と続いて、本作『ミスト』でも大成功を収めました。

本記事では映画のタイトルにもなっている霧(ミスト)の原因、人々が宗教に救いを求めた理由や衝撃的なラストなどを解説していきます。

本作『ミスト』について

まずは傑作といわれる本作の原作などについて見てみましょう。

原作は中編小説

闇の展覧会 霧 (ハヤカワ文庫NV) 文庫 – 2005/10/1

本作の原作はスティーヴン・キングが1980年に発表した中編小説『霧』です。

『霧』は『闇の展覧会』という書き下ろしの短編集に収録されていました。

当時日の出の勢いだったスティーヴン・キングが書き下ろした小説ということもあって、話題になりました。

ゲーム化も進行していた

Silent Hill: Shattered Memories

本作はコナミでゲーム化の企画も進んでいましたが、諸事情により断念されることになりました。

しかし、怪物の潜む霧に覆われた街という点は名作『サイレントヒル』に引き継がれ、ゲームとして発売されました。

後に映画化されたのでご存知の人も多いでしょう。

本作で発生する霧とは?

本作のタイトルにもなっている霧(ミスト)。

この街全体を覆っている霧は一体何なのでしょうか?この霧について解説します。

霧の原因

霧の原因は軍が秘密裏に行っていたアローヘッド計画です。

このアローヘッド計画の失敗により霧が発生しました。

中でアローヘッド計画の詳細は明かされていませんが、軍人のウェイン二等兵が噂として聞いた計画概略を説明しています。

アローヘッド計画では異次元を観察するための小窓が作られていました。

ところが事故により異次元との間に扉が出来上がってしまい、異次元の怪物と霧が扉からやって来てしまったのです。

霧の中の怪物はダーク・タワーから来た

ダーク・タワー1 ガンスリンガー (新潮文庫) 文庫 – 2005/11/26

実は霧の中の怪物たちはスティーヴン・キングのダークファンタジー小説『ダーク・タワー』に関連しているそうです。

怪物たちは『ダーク・タワー』の舞台である中間世界というところからやってきました。

ダーク・タワーはスティーヴン・キングがライフワークとしている長編小説で映画化もされています。

スティーヴン・キングが執筆したさまざまな作品とリンクしており、本作『ミスト』もその中のひとつといったところでしょう。

本作の冒頭でデヴィッドの描いているポスターは『ダーク・タワー』の絵ですが、こういった遊び心のある演出からも『ダーク・タワー』との関連が垣間見られます。

心の霧

本作で霧に覆われるのは街だけではありません。人の心という物理面ではない部分までも霧に覆われます。

怪物の潜む異常な霧は、人々に不安と恐怖をもたらし、普段聡明な人ですらその判断力を鈍らせ盲目に変えてしまいます。

ブレント・ノートンのような優秀な弁護士も冷静さを失い判断力を欠いています。

扇動者がごく普通の人々を変える

本作は怪物の潜む霧に覆われたスーパーマーケットという、限られた空間内で繰り広げられる群像劇です。

この群像劇ではスーパーマーケットにいる普通の人々が不安と恐怖でパニックに陥り、正気を失ってゆく様が丁寧に描かれています。

スーパーマーケットにいる人々はごく普通の一般人ですが、やがてカーモディという扇動者を信奉して、殺人まで犯すようになります。

人々はなぜ扇動者のカーモディを信奉したのでしょうか?人々がカーモディを信奉した理由を見てみましょう。

扇動者カーモディの誕生

霧に覆われ、不安にかられる人々の前に現れたのがカーモディでした。

もともと不安定だったカーモディは、霧に対する不安と恐怖で心のバランスを失います。

信心深かったカーモディは事態の原因を聖書の黙示録と結びつけ、この世界の終わりと考えるようになります。

そして自分がスーパーマーケットにいる人々を導くことで救われると妄想を抱くようになります。

スーパーマーケットの人々を扇動するカーモディ

宣伝的人間の研究 ゲッベルス (絶対の宣伝 ナチス・プロパガンダ1) 単行本 – 2015/7/7

民衆の不平不満を巧みに操り、民衆を扇動する人物を扇動者といいますが、カーモディはまさにこの扇動者でした。

カーモディは言葉巧みにスーパーマーケットの人々の不安と恐怖につけ込んでいきます。

最初はカーモディの荒唐無稽なこじつけ宗教話を相手にもしなかった人々。

ですがスーパーマーケットが怪物に襲われ死者が増えてゆくと、不安と恐怖に押しつぶされカーモディの言葉を信じるようになります。

むきだしの恐怖にさらされると、人はどんなことでもする。解決策を示す人物についていってしまうものなんだ。盲目的に。

引用:ミスト/配給会社:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー

デヴィッドの仲間ダン・ミラーの言葉です。

この言葉通り人々はカーモディを信奉するようになりました。

人々は不安と恐怖、そしてカーモディの巧みな言葉により、カーモディ教の信徒となり果てたのです。

『溺れる者はわらをもつかむ』ということわざがあります。

人間は解決できないようなあまりにも大きな障害に遭遇すると、なんにでもすがるという意味のことわざです。まさにこの状況のことでしょう。

なぜ人々は宗教を求めたのか?

ガーデン 天使置物 十字架 に寄り添う エンジェル

『信じる者は救われる』という言葉がキリスト教にあります。

イエス・キリストを信じることによって、心の中の不安や恐怖、困難から解放されるという意味の言葉です。

スーパーマーケットの人々は宗教にすがることで、ただ不安や恐怖から逃れたかっただけなのかもしれません。

人々に宗教を信じ込ませた張本人であるカーモディにしても同じでしょう。

誰も信用せず、ただ神に祈ることしかできないカーモディがすがれるものは宗教しかなかったのです。

カーモディは、巧みな演説を用いて人々を扇動しました。

第二次世界大戦のナチス・ドイツやカルトと呼ばれるような宗教が、民衆を洗脳するのに用いる演説と同じ手法です。

追い詰められた人々は、巧みなカーモディの扇動によりカーモディ教という最悪のわらをつかまされ、マインドコントロールされるような事態に陥ります。

結果的に人々は洗脳されることになりますが、ただ盲目的にすがれる『なにか』を求めて、自ら洗脳されていったのかもしれません。

不安と恐怖から逃れることができるのであれば、すがれるものはなんでもよかったのでしょう。

スカッとする話

物理的にも心理的にもモヤモヤする本作ですが、唯一といってよいスカッとするシーンがあります。

それは扇動者のカーモディがオリーにより退治されるシーンです。

カーモディの死

聞くにたえない妄言を垂れ流しながら周囲を扇動し、デヴィッド達を追い詰めるカーモディですが、射撃の州チャンピオン、我らがオリーによって2発の銃弾を受けて射殺されます。

心の中で拍手喝采したという人もたくさんいるのではないでしょうか。

ありがとう。オリー。

引用:ミスト/配給会社:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー

殺してしまったとつぶやくオリーに、デヴィッドがいったセリフですが、これは映画を観る人も思った言葉でしょう。

オリーがカーモディに撃ち込んだ2発の銃弾

9mm BERETTA 弾丸 AA-200実はオリーがカーモディに2発の銃弾を撃ち込むシーンにも、しっかりとした意図があります。

観る人を1発目でスカッとさせた後、2発目で我に返し、その攻撃性を自覚させるという意図です。

このフランク・ダラボン監督の意図については、そのまま手の平の上で踊らされてしまったという人、2発ともスカッとしてしまったという人、さまざまな人がいるでしょう。

なんにせよ、カーモディ退治シーンが本作で唯一スカッとするシーンということは揺るがないでしょう。

『驚愕のラスト15分』衝撃の結末!

本作のキャッチコピーは『驚愕のラスト15分』でした。

キャッチコピーの通り、心中の失敗によりデヴィッドのみ生き残るという結末は衝撃的ですが、誰もが衝撃を受ける本作の結末は一体どのように生まれたのでしょうか。

本作の結末について見てみます。

衝撃の結末が生まれた背景

映画版の結末は原作と違うオリジナルで、監督のフランク・ダラボンが考案しました。

フランク・ダラボンは観客に問いを残したくて本作品の結末を変えたらしいです。

原作のスティーヴン・キングは映画版の結末を高く評価しています。

小説執筆時にもし映画版の結末を思いついていたら、映画版の結末にしていたと語っています。

原作の結末

ミスト 短編傑作選 (文春文庫) 文庫 – 2018/5/10

ちなみに原作の結末とは次の通りです。

  • デヴィッド達は霧の中で一夜を過ごしたり、ガソリンスタンドでガソリンを給油しながら進みます。ラジオからノイズに混じって人間たちが逃げ込む「ホープ」という町の名前が聞こえてきます。なお、小説の発表当初は街の名が明記されておらず、作品集に収録される時点で変更されたとのことです。

原作の結末は、心中に失敗してデヴィッドのみ生き残るという映画版の結末よりだいぶ希望が持てる結末となっています。

結末で霧は晴れたのか?

オリジナル・サウンドトラック「ミスト」

息子に『怪物に僕を殺させないで』と懇願されていたデヴィッドは、心中という苦渋の選択をするものの、心中に失敗して一人生き残るという最悪の結末を迎えます。

車の周囲の霧は晴れますが、デヴィッドの心の霧は決して晴れることはないでしょう。

観る側もデヴィッドと同じです。

デヴィッドがとった心中という選択は正しかったのか、それとも間違いだったのか、モヤモヤとした霧のような問いかけがいつまでも心に残り続けます。

フランク・ダラボン監督の観客に問いを残したかったという意図通りの結果になっています。

本作は心に残る映画ではありますが、心への残り方は最悪です。

この映画史に残る凄惨な結末は、観る人の評価がわかれるところでしょう。よかれあしかれまさに驚愕のラストです。