実話だと分かっている鑑賞者であれば、当事者の少なくとも1人は生還すると思い込みがちです。
なぜなら生還者が1人もいなければ外洋遭難中の実態が分からず、映画で再現できなくなるからです。
しかしこの実話ではカップルが2人とも生還できず、映画もそれに合わせる形になりました。
そこで1つ意外なことが浮かび上がります。映画で描かれたスーザンとダニエルの漂流シーンはすべて作り手側の想像だったということです。
つまりこのドキュメンタリー映画は実話を元にしながら、その核心部だけがフィクションだったのです。
多くの鑑賞者が誰も生還できないラストに驚かされた大きな要因に、この実話とフィクションのユニークな使い分けがあるといえます。
サメよりも恐ろしい人の非情さと無関心
『オープンウォーター』の中で最も恐ろしいものは、牙を光らせながら外洋をさまようサメではありません。
それは人の持つ他人への無関心さや非情さにありました。
スーザンとダニエルの漂流のそもそもの原因は、ダイビングボートにいたスタッフのミスからです。
スタッフはダイビング客を「20」などと人数でしか紙に残しませんでした。海から戻ってきた客に対しては棒状の印で紙に書いているだけでした。
そしてダイビング中に人数が重複する想定外の事態が起こり、スーザンとダニエルが戻ってきたように誤ってカウントされました。
それもただ名簿を作ってさえいれば防げた事故でした。この悲劇の発端にはお客さんを物扱いするビジネスの非情さがあります。
また、他のダイビング客がダイビング終了後に2人の不在に気づかなかったのも異常なことです。
ダイビングボートにいた20人ほどの人たちは外洋に出る間、ほとんど会話を交わしませんでした。夫婦や家族といった知人だけで固まっていたのです。
これはスーザンとダニエルも同様でした。ボートの乗客たちは皆、他人に無関心だったのです。
もし彼らが互いに打ちとけ合っていれば、誰かがダイビング後に2人の不在に気づいていたはずです。
2人の漂流は天災ではなく、明らかに人災だったのです。
結末の男のセリフについて
映画はエンドロールを伴ったリアルな映像で締めくくられます。そこでは釣り上げた大きなサメをさばく様子が撮られています。
最後にサメの胃袋の中から黄色いカメラがでてきます。映画はそれを見た男の「Wonderful Work」という言葉と共に終わります。
状況的に見れば、そのセリフには「(サメは)すごいことするな」といった訳が当てはまります。しかしもう1つの見方があります。
その黄色いカメラは、スーザンとダニエルがダイビング中に海中で使っていたものでした。
つまりその2人は帰らぬ人となりましたが、彼らの思い出ともいえる海中写真は戻ってきたのです。
そのためカメラが発見されたことは少しの救いにもなります。その上で「Wonderful Work」という言葉は別の意味を持ちます。
つまり、それは大海原で懸命に生きようとしたスーザンとダニエルを称える言葉だったとも取れます。
最後のセリフによって、この絶望と恐怖に満ちた映画はささやかなハッピーエンドを迎えたといえるのではないでしょうか。