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2005年に制作されたアメリカの映画「フライトプラン」は、消えた愛娘とその真相を探る母親の苦闘を描いた壮大なサスペンスでした。
今回はこの失踪事件が母親の幻覚なのか本当の誘拐なのかが垣間見えるシーンや、娘の目撃情報が無かったことが何を意味するかについて徹底解説していきたいと思います!
娘の目撃者がいない理由
映画を観た方々なら「娘の目撃情報が無かったこと」について疑問に思ったのではないでしょうか?
これにはいくつか考えられることがあります。
一番最初に機内に乗ったから
カイルとジュリアが機内へ乗り込んだとき、まだ周りには殆ど乗客がいませんでした。
想像してみて下さい。学校や会社、どこでも良いですが最初から居た人よりも一番最後に遅れ気味で教室やオフィスに入ってきた人の方が印象に残ります。
飛行機は基本的に離陸前にお手洗いを使用する事は不可ですから、自分の席に座ったら大概その場から離れません。
その上席が後部の方だった事もあり、尚更目撃される確率が減ったのです。
しかもカイルが通路側、ジュリアが窓側に座っていた為に仮に横を誰かが通りかかっても、よく見えないのです。
夜の便で読書灯消灯、乗客は眠りにつく
飛行機が飛ぶ前に凍ってしまった氷を水で溶かすシーンがありましたが、外は真っ暗でした。
この様子から夜の便だという事が分かります。
これがカーソンの計算内なのかどうかは不明ですが、夜の便は実際に読書灯が消灯され真っ暗になります。
勿論眠りにつく人が殆どの為、人目につかない状態となります。
おまけに子供を仮に抱っこしていても、親があやしているかのように見えるので人々の印象には残らないのです。
ここまでがカーソンの企みなのかは物語の流れだけでは不明ですが、そのような条件が揃ったからこそ誰にも見られずに誘拐する事が可能だったのです。
娘の目撃者がいない事が意味すること
あれだけの人数が乗っているジェット機で1人も目撃者がいないという事は本当にあり得るのか?少し非現実的ではないか?と思った方も多いかもしれません。
しかし、そこから見えてくる現実や理由もあるのです。
人は他人に対して興味関心ゼロ
私達は思っている以上に他人に関心がありません。
駅から家に向かうまでの間に見かけた人の事を思い出せる人がどれだけいるでしょうか?
目撃者がいないというよりは、そもそも意識的に見ない限りジュリアが視界に入ったところで記憶には残らないのです。
そして子供だけがジュリアらしき女の子を見たという発言をしましたが、子供は視界に入る物が大人より新鮮で刺激的なので記憶に残りやすいというリアルな描写がされていました。
この映画はそんな当たり前のようで気付いていない、人間のリアルな心理が利用されているのです。
キャビンアテンダントの協力は必須だった
最後のバトルシーンでカーソンは、「ジュリアをカートの押し込んでも誰にも気づかれやしなかった」とカイルに言いました。
これは機内で食事やドリンクを運ぶのに利用するカートの事を指しているのです。