しかし特別版では、そんな改善点よりもオリジナル版の長所が光っていました。それはE.T.が不鮮明な点です。

特別版でもE.T.の登場シーンの多くは薄暗かったり逆光だったりします。もちろんそれは映像技術のなさゆえのことです。

しかしCGやVFXに慣れた目で見ると、それが逆にリアルに感じられます。

何もかもがはっきり見えるよりも、見えない部分があった方が想像を掻き立てられるからです。

不鮮明な映像だと人は自然と主体的に観ようとします。そこに不足したものを自ら想像でプラスしながら見るのです。

そういう想像力を働かせられれば、CG慣れした今の時代の子どもにもE.T.は魅力的に見えることでしょう。

スピルバーグのメッセージを読み解く

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スピルバーグ監督が『E.T.』に込めたメッセージとは何だったのでしょう。2点見てゆきます。

反抗する少年たちの美しい昇華

映画『E.T.』の誕生は、フランス映画界の巨匠フランソワ・トリュフォー監督による進言がもたらしました。

トリュフォー監督といえば名作『大人は判ってくれない』で知られています。

スピルバーグはそれを気に入って自身の映画『未知との遭遇』に彼を役者として起用しました。

その際、トリュフォー監督がスピルバーグに子ども向けの映画を作るように勧めたのです。

『大人は判ってくれない』は思春期の少年を描いた話ですが、それは『E.T.』にも反映されました。

クライマックスでエリオットは当局を敵に回してE.T.を逃がそうとします。それにはエリオットの兄を始めとした2~3人も協力しました。

彼らは14~15歳の思春期の少年たちでした。

エリオットと年少の少年たちはBMXバイクでパトカーを振り切り、最後はE.T.の超能力で夕空に浮かび上がります。

スピルバーグはこのシーンで、反抗する少年たちを尊いものとして美しく昇華しています。

『E.T.』はトリュフォー監督の魂が引き継がれた映画だともいえるでしょう。

E.T.の醜さが際立たせる子どもたちの美しさ

スティーヴン・スピルバーグ (フィルムメーカーズ18)

E.T.は率直にいって気持ち悪い見た目です。どう見てもカワイイとは思えません。

ハロウィーンの仮装行列の中、E.T.が『スター・ウォーズ』のヨーダに扮装した人を仲間と間違える愉快なシーンがあります。

E.T.はまさにヨーダ級の怪物なのです。エリオットも妹のガーティも初対面では「ギャーーー」と声の限りに叫びます。

しかしE.T.が健気に生きているのを見るうちに共感の念が生まれます。

E.T.が醜いことによって、E.T.を必死で守ろうとする子どもたちの心の美しさが際立つことになりました。

E.T.の醜さは、見た目の違いによる差別や偏見を象徴しています。

ユダヤ系アメリカ人のスピルバーグ監督自身も差別にあったことがあるでしょう。

最後の別れの際、E.T.はエリオットの額に指を置いて「僕はいつもここにいるよ」と言います。

これはスピルバーグ監督による鑑賞者へのメッセージだとも取れるでしょう。

『E.T.』を観終わったあともずっと博愛精神を忘れないでいてほしい。そんな作り手の思いが感じられます。