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【E.T.】エリオットが家族を選んだ結末を徹底考察!彼の居場所はどこに?スピルバーグ監督がこの映画に込めたメッセージとは

SF

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B06XKS244N/cinema-notes-22

ハリウッドが1冊の歴史の本になるのなら『E..T.』ほど多くのページになる映画が他にあるでしょうか。

E.T.は今や宇宙人の代名詞となっています。E.T.を知らない人こそがまさに宇宙人だともいえるでしょう。

1982年の公開当時、アメリカではアカデミー賞の作曲賞やゴールデン・グローブ賞の作品賞などに輝きました。

日本でも大ヒットし日本アカデミー賞やキネマ旬報などの外国語映画賞を受賞しました。

一方で『E.T.』には不可解な点も多くあります。

特になぜエリオットがE.T.と一緒に地球を去らなかったのかと疑問に思った人もいるのではないでしょうか。

またスピルバーグ監督がこの映画で何を訴えたかったのかいまいち分からなかったという人もいるでしょう。

今回はそういった点を中心にしてこのハリウッドの記念的作品を解説してゆきます。

E.T.の本当の意味は?

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E.T.とは「地球外生命体」と日本語訳されることがほとんどです。

しかし本作をよく観るとE.T.にはもっと親しみ深い意味があることに気づかされます。

未知の生命体

E.T.は「Extra-Terrestrial」の略語です。

Terrestrialは地球の陸に生きる生き物を指す形容詞。

Extraにはさまざまな意味がありますが、映画を観ると「追加の」と訳すのが妥当だと分かります。

最初エリオット少年は友達に宇宙人を見つけたと言いますがまったく信じてもらえません。

そこで友達の1人が「Extra-Terrestrial」ではないかと指摘します。

会話の流れから、彼がそこに「(地球に追加された)未知の生命体」という意味を込めたのが分かります。

なぜなら多くの人にとって宇宙人よりも未知の生命体であった方が受け止めやすいからです。

それ以降、エリオットも彼の小さな友人をE.T.と呼ぶようになりました。

地球の新たな仲間としてのE.T.

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E.T.を「地球外生命体」と訳すのは完全な間違いではありません。しかし外とつくので遠い星の生命体という印象を受けます。

EのExtraには映画のエキストラの意味もあります。

しかしエキストラを訳すとき、映画外キャストなどとは言いません。エキストラも映画の立派な登場人物なのです。

E.T.にしても同じです。外から追加されながらも地球の中にいる生命体であることに変わりはありません。

そのため「地球外生命体」や「宇宙人」と訳すのは厳密には間違いです。

いわば地球の新たな仲間だという意味合いがあります。E.T.にはこのような親しみやすい意味が込められているのです。

両親の離婚で居場所を失ったエリオット

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主人公の少年・エリオットには居場所がありません。両親の離婚で、彼の大好きなパパは愛人と遠くメキシコに去ってしまったのです。

E.T.と出会ったエリオットが、それをママに隠し続けるのもそのためです。彼はE.T.と共に新たな自分の居場所を作りたかったのでしょう。

両親の離婚は子ども心に人間不信を植えつけます。大抵の親は不仲でも子どもの前では仲良くふるまうものです。

そのため離婚の際に子どもは大きなショックを覚えます。特に母親には裏切られたという恨みを抱くようになります。

エリオットがE.T.をあれほど愛し、そしてE.T.の住む星・ホームにあこがれたのもそのためです。

エリオットの親の離婚はストーリーの核心に関わるものだといえるでしょう。

花を使った最高の演出

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映画の中、鉢植えの花がE.T.のメタファーとしてさりげない効果を放っています。

E.T.復活の伏線

さらにそれはドリュー・バリモアの人生にまで影響を与えたようです。

E.T.は指先を光らせてさまざまな超能力を使います。中でも印象的なのが鉢植えの枯れた花をもう一度咲かせるものです。

一見地味ですが、実はとんでもないことです。なぜならそれは生まれたら死ぬという生命の大原則に反する現象だからです。

この超能力によって鑑賞者はE.T.が私たちとは完全に異なる世界からやって来たのだと認識させられます。

またこれはE.T.が生き返るという後半のサプライズ展開の伏線にもなっています。

花を甦らせる能力があるのなら自らの死を克服することもありでしょう。

E.T.のいる世界にはきっと老いや死というものがないのではないでしょうか。

E.T.の花のように甦ったドリュー

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E.T.は宇宙船に戻る前、エリオットの幼い妹・ガーティにも別れを告げます。「Be Good(いい子で)」と声をかけます。

しかしその後、ガーティを演じたドリュー・バリモアは酒やクスリにおぼれたパンク少女になりました。

そのため世間では「E.T.には予知能力もあったのか」という笑い話も出てきました。

ドリューの名付け親であるスピルバーグ監督は彼女をいい子に戻すように声をかけ続けたそうです。それもあり彼女は立ち直りました。

ドリューはハリウッドで大活躍し、自身の映画製作会社まで作りプロデューサー業まで始めました。

その名も「フラワー・フィルムズ」。これはE.T.の花に引っかけたものだといわれています。

E.T.は花だけではなく、枯れかけていたドリューをも甦らせたといえるのではないでしょうか。

エリオット少年はなぜ地球に残る決意をしたのか

ポスター★ E・T
映画『E.T.』の最大の見せ場はE.T.とエリオットの別れのシーンです。なぜ少年は地球に残ることを決意したのでしょうか。

両親の離婚の受容

エリオットの別れの決断には、彼が両親の離婚を受け入れたのだという意味が込められているのだといわれています。

監督のスピルバーグ自身も両親の離婚を経験しており、エリオットに自身の少年時代を重ねていたはずです。

エリオットはE.T.と過ごす中で、出会いがあれば別れもあるという人生の宿命を悟ったのかもしれません。

このエリオットの決断には両親の離婚への受容とパパと別れたママへの許しがふくまれているといえます。

住む環境の違いを認識

ごくシンプルに観れば、エリオットがE.T.と別れたのはとても自然なことだといえます。

映画の一大転機はママがE.T.を見たことにあります。そこでエリオットの世界は一変しました。

半狂乱になったママは子どもを抱えてE.T.から逃げます。さらには宇宙服を着たNASAや当局の職員たちが家の中に入ってくるのです。

エリオットの家は大勢の職員によって取り囲まれ、検疫のためにビニールシートで覆われます。

一連の大事態で少年はE.T.と自分がいかに違っているのかを学んだのではないでしょうか。

そこで彼は自分がE.T.の住む星に行っても同じように扱われるのではと不安になったのかもしれません。

どんな生き物にもそれぞれに適した環境がある。エリオットが下したE.T.との別れの決断にはそんな成熟した認識がうかがわれます。

不鮮明だからこそリアルなオリジナル版のE.T.

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E.T.は製作20周年を迎えた2002年に特別版が作られ、今ではそれが正規の『E.T.』となっています。

最大の改善点はやはりE.T.そのものです。20年前の技術力不足を補うため、多くのシーンでE.T.にCG加工などが施されました。

エリオットが最初にE.T.を見る所やE.T.がバスタブに沈む所などはオリジナル版よりも遥かにリアルになっています。

しかし特別版では、そんな改善点よりもオリジナル版の長所が光っていました。それはE.T.が不鮮明な点です。

特別版でもE.T.の登場シーンの多くは薄暗かったり逆光だったりします。もちろんそれは映像技術のなさゆえのことです。

しかしCGやVFXに慣れた目で見ると、それが逆にリアルに感じられます。

何もかもがはっきり見えるよりも、見えない部分があった方が想像を掻き立てられるからです。

不鮮明な映像だと人は自然と主体的に観ようとします。そこに不足したものを自ら想像でプラスしながら見るのです。

そういう想像力を働かせられれば、CG慣れした今の時代の子どもにもE.T.は魅力的に見えることでしょう。

スピルバーグのメッセージを読み解く

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スピルバーグ監督が『E.T.』に込めたメッセージとは何だったのでしょう。2点見てゆきます。

反抗する少年たちの美しい昇華

映画『E.T.』の誕生は、フランス映画界の巨匠フランソワ・トリュフォー監督による進言がもたらしました。

トリュフォー監督といえば名作『大人は判ってくれない』で知られています。

スピルバーグはそれを気に入って自身の映画『未知との遭遇』に彼を役者として起用しました。

その際、トリュフォー監督がスピルバーグに子ども向けの映画を作るように勧めたのです。

『大人は判ってくれない』は思春期の少年を描いた話ですが、それは『E.T.』にも反映されました。

クライマックスでエリオットは当局を敵に回してE.T.を逃がそうとします。それにはエリオットの兄を始めとした2~3人も協力しました。

彼らは14~15歳の思春期の少年たちでした。

エリオットと年少の少年たちはBMXバイクでパトカーを振り切り、最後はE.T.の超能力で夕空に浮かび上がります。

スピルバーグはこのシーンで、反抗する少年たちを尊いものとして美しく昇華しています。

『E.T.』はトリュフォー監督の魂が引き継がれた映画だともいえるでしょう。

E.T.の醜さが際立たせる子どもたちの美しさ

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E.T.は率直にいって気持ち悪い見た目です。どう見てもカワイイとは思えません。

ハロウィーンの仮装行列の中、E.T.が『スター・ウォーズ』のヨーダに扮装した人を仲間と間違える愉快なシーンがあります。

E.T.はまさにヨーダ級の怪物なのです。エリオットも妹のガーティも初対面では「ギャーーー」と声の限りに叫びます。

しかしE.T.が健気に生きているのを見るうちに共感の念が生まれます。

E.T.が醜いことによって、E.T.を必死で守ろうとする子どもたちの心の美しさが際立つことになりました。

E.T.の醜さは、見た目の違いによる差別や偏見を象徴しています。

ユダヤ系アメリカ人のスピルバーグ監督自身も差別にあったことがあるでしょう。

最後の別れの際、E.T.はエリオットの額に指を置いて「僕はいつもここにいるよ」と言います。

これはスピルバーグ監督による鑑賞者へのメッセージだとも取れるでしょう。

『E.T.』を観終わったあともずっと博愛精神を忘れないでいてほしい。そんな作り手の思いが感じられます。