現実パートを使用することで、映画の中にすんなりと入り込むことが出来ます。
現代パートでも埼玉ディスりが存在
愛海の父と母は埼玉県と千葉県出身という設定です。その二人が「埼玉に海があるか、空港があるか?」など言い争いを繰り広げます。
そして埼玉出身の父の名前が好海、娘の名前が愛海という……海のない埼玉県人の海への憧れともいえる名前なのです。
翔んで埼玉は大河ドラマだ
ごちゃまぜに詰め込まれた宝箱のような作品ですが、不思議と心を掴まれるのは武内監督の作品だからといえそうです。
とにかく真面目に演じてほしい
これだけのハチャメチャぶり、お笑い要素を作品に盛り込みつつ、役者にはとにかく真剣に演じることを要求した武内監督。
監督は「これは大河ドラマだ」と言ったようです。
シラコバトつきの草加せんべいを踏み絵にするなど滑稽なシーンですが、まさに大河ドラマのような白熱した演技で、役者が真面目なほど面白みが上がってきます。
お笑い要素のある芸人を起用しなかったからこそ成立した「史上最大の茶番劇」だったのです。
武内監督がディスりたかったのは……
これでもかというほど埼玉をディスり続ける本作品ですが、武内監督は「翔んで埼玉」の中に隠れたメッセージを込めています。
自分の存在価値は住む場所で決まらない
埼玉は関東の中で田舎といわれますが、しかし本当の所は田舎だとは感じていないのではないでしょうか。
国内にはもっともっと田舎の場所があり、全国区でみると関東は都会です。
自分達は真の田舎者ではない、その気持ちがあるからこそ笑えるのです。
これは埼玉だけにいえることではなく、他の地域での自分の出身地の在り方にもいえることです。
同じ地域の中で、自分の出身地は他の県より優れていると感じる部分を持っていませんか?
東北地方なら「宮城(仙台)には劣るけど、他よりは都会かな」など。どうでもいいような優越感を人は感じたがります。その優越感を面白おかしく笑い飛ばしているのが翔んで埼玉です。
劇中でも同じ東京都民でありながら、青山や赤坂といった場所から通う生徒は優遇されていますよね。
自分の存在価値は住む場所や出身地で決まる訳ではない。という密かなメッセージが込められているようです。
「翔んで埼玉」は究極の郷土愛作品
これだけ埼玉がディスられている映画にも関わらず、埼玉県人はじめ多くの映画ファンに支持されています。
「翔んで埼玉」は自虐的要素を含んだ郷土愛に溢れる作品だからです。爆笑の後になぜか故郷を思い出す、そんな暖かな作品です。