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【母なる証明(ネタバレ)】「針箱」の真の意味を徹底解説!トジュンの母が涙した理由とは?母の強さと生い立ちの秘密にも迫る

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B0038WLB5K/cinema-notes-22

ポン・ジュノ監督は、日本の是枝裕和監督とも交流のある韓国映画界の名匠です。

奇しくも是枝監督は2018年、ジュノ監督は翌年にカンヌ映画祭の最高賞を獲得しました。2人共に今や世界の名匠ともいえる監督でしょう。

そんなジュノ監督が2009年に作ったのが本作『母なる証明』です。日本では評価がはっきり二分される作品になったといえるでしょう。

後味の悪いミステリー・いわゆるイヤミス映画だという非難がある一方、母性を深く掘り下げた作品だという絶賛の声もありました。

母親やトジュンの生い立ち・大切な場面に出てくる針箱の真意・2度に渡って母が涙した理由

こういった糸口から本作『母なる証明』をじっくり見てゆきましょう。

母の生い立ち

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『母なる証明』は何といってもキム・ヘジャ演じる母親が絶対的な存在感を放っています。

知的障害のある息子・トジュンを1人で懸命に育てる姿はまさに清貧の鑑でした。

そんな母の生い立ちは作中ではまったく明らかにされていません。なぜトジュンが母子家庭になったのかさえも分かりません。

ジュノ監督のオリジナル作品なので原作もなく、ここは推測するしかないでしょう。母は漢方薬の店を細々と経営しています。

その質素な店構えやトジュンの悪事のために借金をすることなどから、ギリギリの生活であることがうかがわれます。

はり師の顔も持ちますが、正式に届出を出さない闇営業の形で針治療を行っています。

そんな現状から推測するに、母親は子どもの頃から貧しくも逞しく強かに生きてきたのではないでしょうか。

母の強さの根源にあるものは

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日本でも「母は強し」などといいますが、この映画の母はその域を遥かに超えていました。その強さの根源に迫りましょう。

トジュンの哀しい生い立ち

映画は中盤に来て、驚きの事実にぶつかります。それはトジュンが5才のとき母親に殺されかけたということです。

成人後も一緒に寝ているほど母は息子を溺愛しているため、それは意外すぎる過去でした。母は貧しさから幼い息子と心中しようとしたのです。

成人後、トジュンは突然その記憶を思い出します。その際の母の異様な取り乱し方は、彼女がずっとそれを気に病んできたかを明白に伝えます。

母の強さの元にある罪逃れのエゴ

心中に用いた農薬は薄いものだったので母とトジュンは死なずに済みました。しかしここで明白に推測できることがあります。

農薬がトジュンの精神病の原因になったのではということです。当然、農薬は毒物なので子どもの脳に損傷を与えても不思議ではありません。

映画ではそれが明かされていません。しかしもしそうであれば母親のトジュンへの異様な溺愛ぶりに別の見方ができます。

母は子どものときに精神病者にした罪悪感から息子にひときわ大きな愛情を注いでいたのではないでしょうか。

そうなると母の並々ならぬ強さは純粋な母性愛からきたものではないことになります。

心中の過去をずっと隠していたことからも、それは罪逃れをしたい彼女のエゴからくるものだったのではないでしょうか。

母の強さは愛とエゴの両方が入り混じったものだったのかもしれません。

「針箱」の真意

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母が持つ「針箱」が映画のテーマを伝えるアイテムとして絶妙に機能しています。その真意を探りましょう。

決して消えることのない罪悪

トジュンが偶然拾った針箱を母に渡すシーンは非常に象徴的です。それは彼が、母を殺人犯だと知っていることを示すシーンではありません。

物語全般から彼としてはただ母の落し物を届けたくらいの気持ちしかなかったことが分かります。

しかし母にとって針箱は大きな意味を持ちます。トジュンがそれを渡した時、母はもみ消そうとした自らの罪が甦ったように感じたはずです。

たとえ針箱が返ってこなくても、彼女の中からその罪はいつまでも消えないものになっていたでしょう。

忘却という大罪

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針箱はまた忘却のメタファーでもあります。はり師の母はある針を太ももに刺せば、心の中にある悪いことを清めてくれると信じていました。

それは悪い記憶を消せる針治療なのです。最終盤で、母が針を自らに刺すのもそのためでした。そうして彼女は享楽的に踊り始めるのです。

映画は最後に来て忘却の是非を観る者に突きつけました。どんなに大きな罪でも本人が忘れてしまえば綺麗さっぱり消えるものなのだろうか。

それとも忘却自体が大きな罪なのだろうか。映画はラストにそんな問いを投げかけたといえます。

母の涙のわけ

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枯れ草の草原で流した涙

映画の冒頭、草原で母親が1人踊ったあとに泣くシーンは、映画の最後まで大きな余韻を残しました。

それが綺麗な草原ではなく、薄茶色の枯れ草が生え揃う物悲しい草原だったことにも意味があるでしょう。

母にとってそれは非常に喜ばしいときでもあり、そして心苦しいときでもありました。その大いなる葛藤が草原の涙に集約されていたといえるでしょう。

ジョンパルの前で流した涙

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トジュンが犯した殺人事件は思わぬ形で、ジョンパルという別の精神障害者の青年による犯罪になってしまいました。

そして母がそのジョンパルに真相を語らなかったとき、彼女は自分で自分の首をしめたのです。

彼女はずっと精神障害のある息子を冤罪にした警察や世間と戦ってきました。

しかしジョンパルを見放すことで、彼女もまたそれと同じ罪深いことをしたことになるのです。

ジョンパルを前に号泣した彼女には、それを感じる良心だけはまだ残っていたといえるでしょう。

母親の功罪

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『母なる証明』は多くの人が望むストーリー展開にはならないため不快に思った人も多いでしょう。その結末の是非について考えます。

勧善懲悪の筋だったら…

トジュンが女子高生殺人の真犯人だと分かった時点で、多くの人がトジュンの母に正義をなして欲しいと願ったでしょう。

目撃者の老人と共に警察署に行って真相を語る。またはジョンパルとの面会の際に、自分の息子が犯人であることを認めて彼を釈放させる。

しかし映画はそれとは真逆の方向に進みました。

しかし実際、勧善懲悪に進んでゆけばどんな映画になっていたのでしょう。

母は息子への情愛を断ち切り、彼を警察に突き出して社会正義をなす。世間的にはそれが正解なのですが、ただの理想論という見方もできます。

実際トジュンの母と同じ立場に立たされたとしたら…多くの人はそこで迷うはずです。

映画は単純な正義よりも自らのエゴを取る人間のリアリズムを突きつけました。

道徳の教科書のような物語よりも人間のリアルな悪・弱さを暴く物語の方が良かったのではないでしょうか。

少なくともその方が人の共感をより集め、そしてその悪をよりデフォルメすることができます。ここは大いに意見が分かれる所でしょう。

愛と狂気は紙一重

映画はストーリーの大転換と共に、それまで美化されてきた母性愛が狂気にひっくり返りました

ここにもまたこの作品の味わい深さがあります。母性愛とは多くの場合、神聖化され絶対的な善として見られてきました。

しかし本作は、その母性愛ですら悪や狂気をはらんでいるという奥深い真実を突きつけます。

もし勧善懲悪のストーリーであれば、この味は出せなかったでしょう。映画はときに、悪い方向に進んだほうがより豊かになるものなのです。

母子のドラマだけでは終わらない魅力

Bong Joon-ho (Korean Film Directors)

『母なる証明』は母子を軸にした社会派ヒューマンドラマでありながら、それ以外にも優れた面があります。

それは犯罪ミステリーとしても楽しめる作品だということです。

ほとんどの人は、まさかトジュンが真犯人だったとは思いもしなかったでしょう。

ミスリードの最大の要因は、精神病者は冤罪になりやすいという一般的な思い込みだったはずです。

無実を晴らすために母が奮闘するというのもよくある話です。多くの人はまずこの吸引力に逆らえなかったことでしょう。

他にもトジュンが先に親友によって罪をなすりつけられていたこと。被害者のアジョンに男関係が多く、その数人が証拠隠滅に走っていたこと。

そういった数々のミスリードが効いて、多くの人があっと驚く映画になったといえるでしょう。

加えてトジュンが真犯人であることやジョンパルが無実の人であることの伏線もしっかりしていました

また最大のミステリー・アジョンがなぜ屋上に干されていたかについてトジュンが他人事のように語って明かす演出も冴えていました。

何よりも、こういう優れたミステリーを重厚な人間ドラマに巧みに絡ませていることに感心させられます。

ポン・ジュノ監督がなぜカンヌの最高賞を獲ったのか。

その栄冠に輝く10年前に作られたこの映画を観れば、多くの人がそれを納得できるでしょう。