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鬼才スタンリー・キューブリックが監督し1987年に公開された『フルメタル・ジャケット』。
この作品は他のベトナム戦争を扱った映画とは違った視点から戦争を捉えた映画でした。
1980年代は、かの『プラトーン』や『ランボー』など数々の映画でベトナム戦争が描かれています。
その中でも異彩を放つ本作は、一度観たら忘れられない衝撃を観客に与えます。
その映像体験の鮮やかさは見事としか評しようのないものです。
本作はキューブリックの作品らしく素直な感情描写や解りやすい状況説明がほぼ皆無の作品です。
この記事では、映画から読み取れる登場人物の感情や状況をできるだけ解りやすく解説していきます。
ハートマン軍曹とは何者か?
映画の前半で強烈な存在感を誇っていたハートマン一等軍曹。
彼の放つ罵詈雑言は非常に過激で下劣で悪辣でしたが、それが一級品の魅力となっていました。
下品な卑語を怒鳴っているにも関わらず品性を失わなかったのは、彼なりの信念と目的があったからです。
海兵隊新兵訓練基地
ハートマン軍曹は徴兵されてきた若者を兵士に仕立て上げる役割を担っていました。
兵士はもちろん戦場に投入され戦闘行為をしなければなりません。
その頃アメリカは「人気のない」戦争であるベトナム戦争の泥沼に嵌っていました。
兵士たちは反戦運動が巻き起こる中、アジアにあるベトナムに赴き敵を殺さなければなりません。
戦闘時には敵の兵士だけでなく民間人も殺します。
普通の人間の精神は、人を殺せるようにはできていません。
成長する過程で殺人は禁忌であると自然と学び、それが当たり前になるのです。
しかし、今まで培ってきた精神のままでは人を殺せません。
訓練期間である8週間で、いかにして効率的に普通の若者を兵士にするか。
その目的に則って行われたのが、ハートマン軍曹指揮のもとで行われる訓練でした。
強烈な罵倒
新兵たちはまず、人間であることを否定されます。
訓練所に集った若者たちに、自分は人間ではなく価値のないウジ虫だと刷り込んでいくのです。
今まで普通に生きてきた若者たちは、日常から切り離され隔絶された逃げ場のない場所で人間以下の扱いを受けます。
それだけでは飽き足らず、ハートマン軍曹は個人も徹底的にこき下ろしていきます。
軍曹は訓練生の名前を呼ぶことはせずあだ名をつけていきます。
このようにして、若者たちは今まで培ってきた人格を無価値であると切り捨てられ否定されます。
普通の若者を兵士にするために
以上に述べたように、普通の状況では明らかに異常なことに若者たちは慣らされていきます。
軍曹の指導方法
訓練基地に来る前の若者たちには、それぞれに歴史があり、人格があり、意思があったでしょう。
しかし基地内では個人の歴史を消され、人格を消され、意思を否定されます。
そして圧倒的で理不尽な暴力に晒され、それに反抗すると徹底的に制裁されます。
このような環境に拘束された若者たちの精神は、だんだんとその異常な環境に適応していきます。
肉体が鎧を纏うように、精神に鎧を纏うのです。
軍曹の指導目的
ハートマン軍曹の狙いはそこにありました。
鎧を精神に纏う、つまり海兵隊向きの人格を新たに植え付け、戦場で機能するようにしているのです。
即席で作られた兵士としてのマインドは、戦場で生きるために必要なものです。
普通の精神では耐えることの出来ない戦場のストレスに耐えるため、頑丈な鎧で精神を守る必要があります。