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【怪談(ネタバレ)】音による脅かし無しでここまで怖いのはなぜか徹底考察!説明不要の美しい景色は観る者をどこへ連れて行く?

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B00LA0BY9A/cinema-notes-22

ホラー映画にはしばしば音で観る者を驚かせる演出があります。

しかし思いがけないところで突然大きな音がしたら、誰でも驚くに決まっていますね。

そんなあざとい演出に辟易している方も多いのではないでしょうか。

小林正樹監督が小泉八雲の小説をオムニバス形式で映画化した『怪談』には、そのような虚仮威(こけおど)しはありません

50年以上前の製作ですからもちろんCGなど無く、特殊効果は素朴なものだけ。

それでも十分な怖さを感じることができるのは何故なのか?その秘密を考察してみましょう。

音楽音響の怪

これは音楽なのか?

黒髪に恨みは深く―髪の毛ホラー傑作選 (角川ホラー文庫)
本作の薄気味悪さに最も貢献しているのは、音楽・音響かもしれません。それほど本作の音響設計は常軌を逸しています。

まず武満徹の音楽ですが、これはそもそも「音楽」といえるのでしょうか?

何の楽器でどう出しているのかもよく分からない、奇妙な音の数々。

一般的に音楽は、メロディ・リズム・ハーモニーの3要素で構成されるものを指します。

最初のエピソード「黒髪」で聞こえてくる音には、そのどれもが欠けているのですから、これは一般的な意味での音楽ではないのかもしれません。

しかし明らかに自然の音ではなく、ただの効果音でもなく、何らかの意図を感じさせるものがあります。

ところが何者のどんな意図を示すのか具体的に分からない…人間的な喜怒哀楽を超えた音の響きが不気味さを際だたせているのです。

武満徹のクレジットが、そもそも「音楽」ではなく「音楽音響」となっている意味に注目すべきでしょう。

音の引き算

さらに気味が悪いのは、本作は足音や衣擦れなど人間が生きて動いていれば当然聞こえてくる自然な音が多くの部分で排除されていることです。

普通の映画は、リアリティ重視でそういうものを当たり前に入れた上で音楽を加えていく足し算の発想です。

しかし本作の音響設計は徹底した引き算の発想で作られています。

多くの場面において、「あるべき音が無い」のです。

不自然な音空間

その結果生まれてくるのは、極めて不自然な音空間です。

皆さんは無響室というものに入ったことがありますか?特殊な素材と設計で音の反響をほとんど無くした部屋のことです。

これがなかなか異様な雰囲気で、音の無い空間が「実体のある何か」で満たされているような奇妙な感覚を覚えます。

敏感な人なら、すぐに気分が悪くなって出たがるほどです。

何か変な超音波でも出しているならともかく、反響音が無いことが何故これほど不気味なのか不思議です。

それほど我々は「あって当たり前の音」を無意識のうちに感知しているのでしょう。

この映画の音響設計は無響室に近い不自然さを感じさせ、しかもそこに普段は聞くことがない「音楽ならざる音楽」が加わっています。

その聴覚の混乱が、言い知れぬ不安を掻き立てるのです。

このような音楽音響による恐怖演出は、最初の「黒髪」と最後の「茶碗の話」において顕著に作用しています。

美しさの中に潜む不自然さ

書き割りの背景

耳なし芳一
一方「雪女」と「耳無芳一の話」では、もっぱら美術や撮影の面で不自然な感覚を強調しています。

「黒髪」には印象的なロケ撮影もありますが、この2本は「耳無芳一の話」の海辺のシーンを除けば、全編が露骨なまでのセット撮影です。

背景が一目瞭然の書き割りで、映画というより舞台劇を見ているような印象を覚えます。

ただし書き割りの背景に描かれているものは、現実の代用となる風景ではありません。

特に「雪女」では、実際の風景とはまるで違う絵が描かれているのです。

黒澤明が『夢』の「鴉」というエピソードで、VFXを駆使して背景をゴッホの絵そっくりにしましたが、その先取りといえるでしょう。

何者かに見つめられている

雪女 (日本の童話名作選シリーズ)
背景の絵柄は日本の洋画の流れを組むもので、文字通り絵画的な美しさがあります。しかし調和に満ちた美とはかけ離れていて、全てが不穏です。

特に「雪女」の最初の方には、何者かの目を思わせるような絵柄が出てきます。

日本の有名な洋画家 靉光(あいみつ)の代表作『眼のある風景』を想起させるものですね。

色彩やうねうねとした線から見ても、実際にあの絵からインスピレーションを受けたのかもしれません。

このような特殊な背景は音楽音響と同様、強い不自然さを感じさせるもので、『カリガリ博士』など戦前のドイツ表現主義からの影響も感じられます。

このような空間造形からは、日常慣れ親しんだ空間とは違う不自然さに加え、「何者かに見つめられている」という不気味さが感じられるのです。

宙に浮かぶ視点

ブレア・ウィッチ・プロジェクト (字幕版)
この「何者かに見つめられている」という不気味さをさらに強化するのが、カメラのポジションです。

本作を注意深く観れば、高さ2〜3mからの俯瞰撮影が非常に多いことに気づくでしょう。

この2〜3mという高さがなかなか絶妙です。何も無い場所に浮かんで、そんな高さから人の行動を見ることなどまずありません。

これがもっと高くなると神の視点のようになってきますが、それよりはずっと日常に近いものの、明らかに日常生活には存在しない、異様な視点。

人を見下ろす感じなので、何か意思のある存在が文字通り上から目線で人を見つめている感じがします。

しかもその正体や意思がよく分からないことが、怖さを醸しだします。

このような演出は、霊的なものが登場するホラー映画でしばしば用いられている手法なので、次にその手の映画をご覧になる時は注目してみてください。

音による瞬間的な驚かしがなく、何となく違和感を与えられ続ける。それだけで人は恐怖を感じるのです。

逆に「誰か」の視点ではなく手持ちカメラによる「自分」の視点だけで構成した『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』が話題になりました。

あれはあれで、本作とは全く別の非日常的な視点を提示した作品といえるでしょう。

意味が分からぬ怖さ

一体何が起きているのか?

Kwaidan (怪談)
4つのエピソードのうち「黒髪」「雪女」「耳無芳一の話」は話の論理が比較的筋道立っています。

最後まで見れば、なぜそういうことが起きるのか、霊的な存在がどんな意図を持っていたかは大体理解できます。

ところが最後の「茶碗の話」だけはその例から外れるのです。

一体何が起きているのか、どうしてそうなるのか、霊的な存在の意図は何なのかが、皆目分かりません。

そのため物語としての完成度はともかく、無条件に怖いという観点からいえばこのエピソードがベストでしょう。

しかも本作は「黒髪」と同様、音の引き算演出がフル活用されていて感覚と知性の両面から神経に揺さぶりをかけてきます。

真の恐怖は原因も対処法も不明

リング
どんな恐怖も原因と対処法さえ分かれば、ある程度怖さは和らぎます。

最も怖いのは、原因も対処法も分からないまま明らかに不吉な何かがやって来るという恐怖です。

そういう観点からいえば、たとえば『リング』は前半は紛れもないホラーですが、後半は「原因の究明と対策の発見」に話の焦点が絞られています。

ホラーではなく謎解きミステリーに変貌していくため、怖さはどんどん薄れていきます。

ただ、見つけたはずの対策に意味がなかったという展開で、もう一度強引にホラーに引き戻したことであれだけの人気を獲得したわけです。

「茶碗の話」は一体何が怖いのか、何から目を背ければ良いのか分かりません。

怖いのに、恐怖から逃れる術がないのです。

「茶碗の中」にある音と恐怖の関係

音の引き算は現代ホラーにも

回路

正体が分からない怖さ」や「音の引き算」などを受け継ぎ、現代的にブラッシュアップしているのは黒沢清でしょう。

中でも『回路』は、『怪談』が持つ怖さを踏襲し「何もしなくても、ただそこに存在するだけで怖い幽霊」を描き出すホラー映画の金字塔です。

明確な因果関係を描かないため「まるで意味が分からない」と否定的に受け取る人も多く、公開から20年近く経った今も賛否両論がある作品です。

本作でこうした立ち位置にあるのが「茶碗の中」ではないでしょうか。

「意味が分からないから怖い」と思う人と「意味が分からないから怖くない」と思う人…世の中は面白いですね。

恐怖を与えるのではなく「感じ取らせる」

●映画プログラム:【怪談 】監督 小林正樹 新玉三千代、岸恵子●A4版 ◎状態経年劣化あり 背にスレ跡 背綴の上側に剥がれ少しあり 中古 コレクター品 :(hro342 )「茶碗の中」では1つ、瞬間的な「音」が発せられます。それは落とした茶碗が割れる音です。

しかしその音は脅かしでもなければ何かの区切りでもなく、日常の光景と帰します。

茶に映り込む誰かの存在に恐怖するのではなく、茶碗が割れてしまった勿体なさを嘆くのです。

観る者にとっては「それでいいの?」という部分ではないでしょうか。

つまりこの作品では、視覚や聴覚にダイレクトに働きかける要素を「恐怖」の対象にしません。

音の中に違和感を忍び込ませ、それを観る者に感じ取らせるという間接的な方法で恐怖を作り出しているのです。

まとめ

怪談 東宝DVD名作セレクション

いかがでしたでしょうか?

今回はホラー映画の名作『怪談』について、ネタバレを含みつつその恐怖の秘密に迫ってきました。

得体の知れない恐怖」を感じさせるのにはいくつかの条件と手法があり、邦画では昔から用いられてきた手法です。

そして音や驚かしがないのに、なぜ『怪談』が怖いのか納得いただけたかと思います。

現代のホラー映画はどちらかというと残忍で猟奇的なものやパニック物が多く発表されています。

心の底から湧き上がる恐怖を楽しみたいホラー好きにとっては、「こういうことじゃないんだよなぁ」という作品も多かったのではないでしょうか。

そんな作品に飽きた方には、ぜひこれぞホラー映画といわしめる『怪談』の恐怖を味わうことをおすすめします。

あるべき音の無い映像」で心理をかき乱される恐怖を改めて感じてみてください。