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【コラテラル】タイトルの真意を考察!ヴィンセントがマックスに与えた影響は?タクシーという密室を主な舞台にした意味に迫る

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B07PFN8D9W/cinema-notes-22

トム・クルーズは40年以上に渡るキャリアのほとんどを模範的な人物・ロールモデルを演じることに捧げてきました。

しかし2004年に出演した『コラテラル』はその数少ない例外です。彼はこの映画で人の命を虫けら同然に扱う非情な殺し屋を演じました。

髪をグレイヘアにするなど当時はその容貌の変化も騒がれたものです。

ここからはコラテラルというタイトルと物語との関連性やヴィンセントとマックスの関係性に迫ります。

またタクシーという密室空間が映画に及ぼした影響についても見てゆきましょう。

コラテラル・巻き込まれ型ストーリーの魅力とは

映画パンフレット 「COLLATERAL(コラテラル)」 監督 マイケル・マン 出演 トム・クルーズ/ジェイミー・フォックス/ジェイダ・ピンケット=スミス/マーク・ラファロ/ピーター・バーグ/ブルース・マッギル

コラテラル・Collateralという単語には非常に多くの意味があります。

映画の中ではマックスが一度、自分がヴィンセントの殺戮劇に「巻き込まれた」という意味でコラテラルと口にしました。

コラテラルには巻き添えという意味もあります。この映画は基本的に巻き込まれ型のクライム・サスペンスなのでタイトルには最適でしょう。

犯罪ものには数多くの巻き込まれ型ストーリーがあります。何よりそれは観ている人の共感を引き出す効果があるといえるでしょう。

多くの人は犯罪とは無縁どころか、かすり傷1つもつかない平穏な日常生活を送っています。そこで刺激を求めて犯罪映画を観るのです。

しかし殺人鬼や警察やFBIなどが立ち回る異次元ともいえる世界なのでワクワクはしても他人事のように感じられるでしょう

巻き込まれ型の犯罪映画はその点を乗り越えます。

一般庶民がたまたま不運に見舞われてめくるめく犯罪世界に巻き込まれてゆく筋は多くの人の共感を誘います。

いつか自分の身にも起こるかもしれない。そんな恐怖感がその人をより映画という異世界に引き込むのです。

物語に反映されたコラテラルの2つの意味

民法改正と不動産取引 (日本語) 単行本

コラテラルには「巻き添え」以外にも多くの意味があります。その中の2つには、この物語とのつながりがあるといえるでしょう。

担保が意味する身代わりと人質

コラテラルには担保という意味もあります。担保とは借金やローンや銀行融資などの際に返せなかったときの保証として仮に差し出す資産のこと。

根本的に担保とはその人の身代わりとなるものです。借金を返せなかったときに自分の代わりに差し出すものなので人質とも取れるでしょう。

この映画のマックスもヴィンセントの担保・人質だったといえます。

マックスは一度ヴィンセントに命じられ彼のふりをして麻薬王との取引の場に行かされました。まさに身代わり担保です。

またヴィンセントには警察との争いになれば彼を本当の意味での人質にする狙いもあったのかもしれません。

親しい縁

コラテラルには付随という意味があり、それに伴って直接的な血縁のない親族を示すこともあります。

この点でも、映画の中のマックスとヴィンセントに重なるといえるでしょう。2人は親族どころか知人友人ですらないまったくの赤の他人です。

しかしタクシーの密室空間でのふれあいや殺戮劇をくぐり抜ける中で、不思議な絆を深めてゆきました。

コラテラルというタイトルには主人とその人質という冷たい関係性と共に深くつながった仲間という意味も読み取れるのです。

ヴィンセントがマックスに与えた影響

「コラテラル」オリジナル・サウンドトラック

ヴィンセントとマックスは人格も人生も対照的な2人です。それだけにほんの数時間の濃密なときの中で互いに強い影響を与え合いました。

品行方正な小市民マックス

L.A.のタクシードライヴァー・マックスは清貧を絵に描いたような男です。

最初の客・検事のアニーには自分が薦める最短ルートで時間がかかればタダ乗りでもいいと持ちかけます。

そして実際に早く着いても幸運だったとしか言いません。

この最初のシーンでマックスの高潔さが伝わります。普通タクシードライヴァーはできるだけ長くお客さんを乗せてより稼ごうとするものです。

しかしマックスは最短ルートを取って乗客のメリットを優先しています。しかも自分の有能さをひけらかさず謙虚な姿勢で

マックスは貧しくも高貴な人間性を備えているのです。しかしこの美点が逆に災いして、次の乗客ヴィンセントに気に入られてしまいました。

ヴィンセントの宇宙視点

知らない国がすぐに見つかる くもんの地球儀

ヴィンセントは殺し屋の自分を正当化するように極めて大きな人生観を持っています。

誰かを殺しても数十億人の人類の人口が1人減っただけだという具合です。

ヒロシマの原爆被害やルワンダ大虐殺まで持ち出しました。そんな言葉を聞く中でマックスの考えも変わってきます。

ヴィンセントの大きな考え方には人生に変化を起こすポジティブな力もありました。

宇宙の大きさに較べればたった1人の人生なんてチリのようなものだ。ならば当たって砕けろでもっと色んなことに挑戦していいんじゃないか。

マックスはそんな考え方になり、それまでの夢を語るだけで実際は堅実すぎる人生を反省します。

そうして殺し屋ヴィンセントの使い走りになった現状に対しても、ある驚くべき方法で打開しようとするのです。

マックスがヴィンセントに与えた影響

2004年チラシ「コラテラル」トムクルーズ/ジェイミーフォックス

人間関係とはほとんどの場合、双方向に影響を与え合います。非情な殺し屋ヴィンセントもまた小市民マックスによって心変わりしてゆくのです。

殺し屋の中に秘められた母性愛

この映画で最も驚くべきシーンは、ヴィンセントがマックスの入院中の母を見舞うところでしょう。

殺し屋が人質を取っている最中にそんなことをするのですから一歩間違えばコメディにもなります。

ヴィンセントは、人質のマックスに普段どおりの行動をさせることで自分の犯行を隠蔽しようとしていました。母の見舞いもその一環です。

が、そこにはヴィンセントの秘められた人間性も感じられます。人を虫けらのように殺す彼にも母性愛だけは特別なものだったのかもしれません。

その後、マックスはとんでもないことをしてヴィンセントを激怒させます。しかしヴィンセントは彼を殺しませんでした。

それも入院中の彼の母を見舞ったことが大きな要因になっていたはずです。

心の奥底にある大きな欠落

マックスがヴィンセントを驚かせたことがあります。タクシーの運転中、マックスは車を止めて一匹の野良犬が通り過ぎるのを待ちました

ヴィンセントはまるで別世界に放り込まれた子供のような顔をします。彼はおそらく善人が1人もいないような過酷な境遇で育ったのではないか。

そんなことも感じさせるシーンでした。マックスはまたヴィンセントに何か大きなものが決定的に欠けているとも指摘します。

ヴィンセントはそれを笑い飛ばすだけでしたがその表情は引きつっていました。その欠落とはおそらく人に対する共感力ではないでしょうか。

ヴィンセントは最終的にマックスに殺されますが満足の表情を浮かべていました。それも殺したマックスへの敬愛があってのことかもしれません。

タクシーという密室

Time Square New York City Taxi On The Moveフォトフレーム付きポスターby proframes 20 x 14インチ 24x36 inches

『コラテラル』ではそのほとんどの舞台がタクシーの車内でした。この密室空間が映画に及ぼした影響について考えます。

タクシーという小空間が映画の大きなフレームに

映画の主要人物であるマックス・ヴィンセント・アニーの3人は、マックスのタクシーの中で出会います。彼らはそれまで赤の他人でした。

それが運命ともいえる偶然で最後に全員が結びつきます。ヴィンセントの最後の殺しの標的が検事のアニーだったのです。

これにはご都合展開だという批判もあるでしょう。

何しろ広いL.A.で他人のアニーとヴィンセントが前後してたまたま同じタクシーを拾うはずはありません。

しかし構成としては優れています。最後にアニーが加わって3人が逃走劇を繰り広げることで、タクシーという舞台が映画全体にスライドします

つまり構成的に見ればタクシーという小空間が映画という大きなフレームになるのです。それによって映画全体に大きな統一感が出てきます。

タクシーという密室は映画を1つにまとめる装置としても機能していたのではないでしょうか。

他人同士が親密になれるタクシーの魔力

WL ss-wl-18910イエローCar Shaped Bobbleフォトフレームwith ' Mom 's Taxi ' Inscription

都会のタクシーとは考えれば不思議な場所です。都市部ではビル・お店・公園どこでも多くの人がTPOに応じた社会的役割に縛られています。

しかし唯一タクシーの中では個人的にくつろげるのではないでしょうか。ドライヴァーが気さくなタイプであればなおさらです。

人はまた二度と会わない人にこそ自分の素性や本音を明かしやすくなります。家族にも話せないことでもスラスラ出てくることもあるでしょう。

この映画のように夜の大都会で高速移動しているのであれば、このタクシーの特性はなお際立ちます。

個性がぶつかりあう異空間になるのです。マックスとヴィンセントはほんの数時間ふれあっただけですが2人の人生観は共に劇的に変わります。

それもまたタクシーという密室の魔力がもたらしたものではないでしょうか。

タクシーから始まり地下鉄で終わることが意味するもの

WINDOWS_NY (日本語)

『コラテラル』はタクシーをずっと主な舞台として進行し、最後は夜の地下鉄に移って幕を閉じます。

タクシーと地下鉄は対照的な場所です。タクシーが個性を引き出す場所であるならば、地下鉄はその真逆・個性が死ぬ場所だといえるでしょう。

一度ヴィンセントは地下鉄の車内でひっそり死んだ人がずっと気づかれなかったというエピソードを話します。

それが示すように地下鉄は極めて非人間的な場所なのです。昼夜問わず地下鉄に乗れば誰もが押し黙り自らの人間性を隠します。

そして殺し屋ヴィンセントの死に場所はまさにそんな地下鉄になったのです。

このペーソスあふれる結末は多くを物語ります。彼は最後まで人には個性がありそれぞれの人生があるということを理解しませんでした。

そんな男の死に場所として都市部における最も非人間的な空間である地下鉄はまさにピッタリだといえるでしょう。

タクシーから地下鉄への舞台チェンジは、マックスとヴィンセントの人間性のすれ違いを映し出しているといえるかもしれません。