劇中ではアダムの母親やヘレンだけでなく、大きな蜘蛛や頭だけが蜘蛛の娼婦など意味深なカットで出てきます。
中でも母親とヘレンと会っている時だけがアダムの現実世界の出来事として描かれているのです。
母親がアンソニーにかけた言葉や、共通しているブルーベリーは何を表すのか?
アダムとアンソニーの関係を表すヒントとなるシーンを紐解いてゆきましょう。
母親との会話「マンション」
アダムと母親が二人っきりで会話をするシーンで、2つの矛盾を発見することができます。
母親がアダムに対して大学の講師をしていて良いマンションに住んでいると表現する。
良い高層マンションに住んでいるのはアンソニーであり、アダムが住んでいるのは良いマンションではありません。
母親のこの言葉でアダムとアンソニーが同一人物なのではないか、という考察ができるでしょう。
知らないはずの「三流役者」
アダムが母親に対し、自分と似ている役者がいると相談するシーン。
母親は見たことすらないはずの、その役者のことを「三流役者」と表現します。
ホテルのボーイなどの「チョイ役」しか演じたことのないアダムの演技を見たことがあったのではないでしょうか?
今では安定した生活を送っているアダムに対し、悠々自適な役者の生活を思い出させたくなかったのではないかと考えられます。
ブルーベリーの共通点
アンソニーはランニングから帰り、ヘレンがブルーベリーの買い置きをしていないこと指摘します。
アダムは母親から「体に良いから」と食後にブルーベリーを勧められ、うんざりしてしまう。
また、アダムは終盤アンソニーの家の冷蔵庫にブルーベリーが入っていることに同じくうんざりした表情を見せます。
アダムにとっては母のいう現実や大学講師という「支配」を感じる象徴のようなものだったのではないでしょうか。
蜘蛛が意味するものとは
劇中ラストシーンを含め、様々な場面において蜘蛛が出てきます。
蜘蛛の頭を持つ娼婦、巨大な蜘蛛、冒頭の蜘蛛。そして秘密クラブ。
原作には出てこない蜘蛛の描写は、劇中一体どのような意味が隠されているのでしょうか?
不自由や束縛の象徴
蜘蛛の頭をした娼婦の描写や街を見下ろす蜘蛛など、アランが不安やストレスを抱えているときに描写されています。
このことから蜘蛛はアランが感じている、ヘレンや母親からの抑圧やストレスの象徴といえるでしょう。
冒頭の秘密クラブでは、蜘蛛をヒールで踏み潰そうとしています。
これは秘密クラブという欲を解放できる場所で「自分に降りかかる抑圧を潰す」という心境なのではないでしょうか。
母親からの抑圧
母親と会い今まで起きた出来事を相談したアラン。
しかし母親からは助言もなく二度とその話はするな、とまで言われてしまう。