この二人の終わり方というのは、大学一年生の男女にしてみれば自然なものだったのだと思います。
写真を渡せなかった理由
世之介の真っすぐな性格上、祥子との約束はきちんと守りたいと考えるはずです。
写真を包んでいた包装紙も祥子がクリスマスに描いた絵が使われていたことから、世之介はきちんと祥子に写真を渡す気持ちがあったことが分かります。
渡すことができずに押入れにしまったままだったのは、ただ互いが他にやるべきことができてしまい、改めて渡すということができなかったからでしょう。
つまり、渡さなかったということに他意はなかったと考察できます。
あっさりと語られる、世之介の死
事故のシーンがあるわけではなく、16年後の千春のラジオ番組上で淡々と千春の口から語られる世之介の死。
あまりにもサラッとしすぎていて、寂しさを感じさせるシーンでもあります。
人を助けようとして事故に遭ってしまうという世之介の最後は、彼が何年経っても若い時と変わらず真っすぐな人物だったといえますね。
そんな人間性に、当時の祥子は惹かれていたのではないでしょうか。
あえて深堀しない
世之介の訃報
世之介の死の詳細を描写せずに、世之介の死を知った千春と祥子の心情の部分を細かく描写しているところが、この作品の良さが詰まっているといえます。
未来のシーンに切り替わる度に世之介はどう変化したのか気になっていた方もいるでしょう。
いきなりラジオで語られた世之介の訃報には驚いた方も多いのではないでしょうか。
死を知った千春の心情
千春と世之介は決して深く交流があったわけではないけれど、ただの他人の関係だったわけでもありません。
この何ともいえない距離感が、死を知った千春のイライラ、もどかしさに繋がっているのです。
その千春の感情が表に出て指摘されてしまいますが、あえて説明するほどでもない世之介と千春の距離感が、千春の表情によって絶妙に表現されています。
得を感じさせる世之介の魅力とは
「いや今思うとあいつに会ったっていうだけで、なんかお前よりだいぶ得してる気がするよ」
引用:横道世之介/配給会社:ショウゲート
誰かに一度は言われてみたいと思うこの加藤のセリフ。
大人になって繋がりが薄れてもなお、誰かの記憶のどこかに居続けるのが世之介、そんなことを象徴しています。
一瞬で祥子や周りの人間を惹きつけた世之介の魅力は、一体どこにあるのでしょうか。
常に「YES」
祥子も同じことを言っていましたが、彼には 『NO』という答えがありません。
得体の知れない隣人、空気が読めない友人、しつこい変わったお嬢様、ゲイの友人、売れない作家のおじさんなど、癖の強いような人達に囲まれていました。
しかしその環境や人に対して、決して否定的にならないのが世之介なのです。
人によって態度を変えることなく、誰に対してもまっすぐに関わろうとする、そんな誠実さが彼の魅力なのでしょう。
過半数の人は「NO」
よく考えてみれば、過半数の人だったら断るはずのシーンで、世之介は断らないところが多くあります。