いったん買い取ったオートマタをめぐって小切手を破らせたのは、金銭では払えない憎しみの表現だったのではないでしょうか。
ヴァージルはそのシグナルを見落としてしまったといえます。
大切なはずだった仲間への振る舞いが、彼の人生を狂わせていったといっても過言ではないのです。
オートマタは何を語るのか
古美術の復元を超えたオートマタ
ロバートによって復元されたオートマタがアップで映し出される演出は衝撃的でした。
ロバートは自分の分身であるオートマタと引き換えにすべてを奪っていったに違いありません。
そしてそれを敢えてヴァージルに知らせたのです。
生身の人間を模した究極の贋作
オートマタの怪しい動きと謎めいた音声、恨めしそうに動く眼球は、ヴァージルにとってロバート本人に見えたことでしょう。
その表情からは気味の悪さや恐怖さえ感じ取ることができます。
オートマタはロバートの手によって生み出された、ロバート自身を模した贋作なのです。
何世紀も前に造られた人形を単に復元したのではなく、今この世に生きている生身の人間を再生した究極の贋作といえるのではないでしょうか。
女神は誰に微笑んだのか
最後まで「なぜ?」が残るトリック
この物語の最大の見所は、ロバート、クレア、ビリーの3人が企てた大きな罠のトリックでしょう。
ですが、どのようにしてヴァージルをおとしめようと相談したのか、そしてどのような行動に出たのかは一切描かれていません。
つまり、3人の「その後」についてもあくまでも想像の域を出ないということです。
ロバートは得意の口説き文句でクレアを誘惑したのでしょうか。
おそらく「将来のない老人と暮らすより、財産を手に入れて新しい人生の再スタートを切ろう」といったような決め台詞を用意したのかもしれません。
筋書きどおりにはいかない「その後」
ただし、その後2人が手に手を取り合って旅立ったかどうかは疑問です。
ヴァージルを廃人にまで追い込んだロバートは目的を達成したわけで、後にクレアを捨てた可能性も考えられます。
もともと彼が彼女にどれほど惚れ込んでいたかは定かではないのですから。
はっきりしているのは、ロバートの積年の恨みを晴らすという目的は達成されたということです。
クレアの肖像画の裏を見たヴァージルは罠の全貌を知るわけですが、その後ビリーがどんな人生を歩んだのかは闇の中です。
まとめ
物事が瞬時に過ぎ去っていくグローバルな現代社会では、人々は混沌とした渦の中です。
他人との信頼関係や自分自身さえも見失いかねません。
だからこそ、人々は心の中に確かなもの、本当に信じられる自分を探し求めているのではないでしょうか。
「鑑定士と顔のない依頼人」は、そんな現代人の置かれた状況を歯車やオートマタや贋作といったモチーフを通して改めて気づかせてくれる作品といえるでしょう。
そして仲間だと思っていた人々も自分の言動ひとつで敵となってしまう、そんなことを気づかせてくれる物語だったのではないでしょうか。