これを決して説明的なアクションではなく、無言に繰り出されるアクションとして伝えている所が北野映画の暴力描写です。

「欠落」を抱えた女性

欠落

「その男、凶暴につき」で一番目立つ女性は我妻の妹・灯ですが、彼女は精神疾患を抱えており、後半では麻薬と肉体関係で狂ってしまいます。

我妻をはじめ男性が内面に狂気を孕んだ人達が目立つ中、女性は「狂気」とはまた違った「欠落」が特徴的です。

演じる川上麻衣子は派手な女優ではありませんが、その地味さが精神疾患を抱えたこの役に合っており、作品全体の隠し味になっています。

同時に彼女の存在が本作を「男性性」の強い映画に見せており、男性陣が「動」を、女性陣が「静」を担っているのではないしょうか。

こうした数々の北野武監督映画作品のエッセンス、特徴がこれだけ盛り込まれた本作は実にユニークな作品となりました。

ラストの流れ

「その男、凶暴につき」の基礎をまとめた上で、終盤がどのような流れであったのか?

ここをまずしっかり考察してみましょう。

狂気VS狂気

狂気と犯罪 (講談社+α新書)

「その男、凶暴につき」の終盤を一言でまとめるなら「狂気VS狂気」です。

岩城を殺されなり振り構わなくなった我妻は覚醒剤を持ち出して逮捕をでっち上げ、清弘を半殺しの目に遭わせたことで解雇となります。

一方の清弘も組織を無視しての我妻への報復、更に偶然とはいえ妹・灯を麻薬漬けにしての強姦で同じく解雇されてしまいました。

これは「理性の喪失」、即ちギリギリの所で「刑事」「殺し屋」として動いていた二人がその枷を解き放つことを意味するのです。

それを象徴するのが我妻が拳銃を買いに来た時の売人の台詞。

元刑事が拳銃を買いに来るなんて変な話ですね、一応用意しましたけど、何かあるんですか?まあいいんですけど、これからは仲良くやりましょう

引用:その男、凶暴につき/配給会社:松竹富士

我妻も清弘も立場は正反対でありながら本質的には同じ狂気を内面に孕んだ存在であり、そこにはもはや善悪の区別はありません。

ただ狂気に走った生物兵器同士の凄惨な戦いなのです。

何も残らない復讐劇

そして、何も残らない (幻冬舎単行本)

そうして狂気に飲み込まれた者同士の復讐劇が行き着く先は何も残らない阿鼻叫喚の地獄絵図でした。

我妻と白竜の壮絶な銃撃戦はお互いの実力がかなり良い感じに拮抗しますが、最後まで冷静さを失わなかった我妻が勝ちました。

ここで終っていればまだ良かったものの、その後麻薬漬けになり薬を只管に追い求める妹・灯の狂気を見た我妻は呆然とします。

妹がもはや元に戻らないことへの絶望は勿論のこと、何より麻薬中毒者の狂気に飲まれてしまうことを恐れたのです。

復讐鬼と成り果てた我妻の中には数少ない「良心」であった妹も失ったことで何も残らなくなりました。

役目を終えた我妻は直後新開によって脳天を撃ち抜かれ、新開によって締めくくられます。

どいつもこいつもキチガイだ

引用:その男、凶暴につき/配給会社:松竹富士

何も残らない復讐劇はよりその切なさや無情さを強調される形で静かに幕を閉じる切ない結末となったのです。

ラストカットの意味

このラストシーンの流れを踏まえて、あの意味深なパソコンを打つ女のラストカットは何だったのでしょうか?

本作でも謎が多く解釈の分かれるこのシーンについて、掘り下げていきましょう。

「沈黙」という色気

沈黙 (新潮文庫)

ラストの女秘書は劇中で一切台詞がなく、基本無表情です。淡々とオフィスで仕事をするのみで、何かを語ったり主張したりしません。

しかし、妙に存在感があるのは速水渓の圧倒的な美貌というだけではなく、「沈黙」そのものに色気があるからではないでしょうか。

黙々と仕事をこなす、見方次第では機械のようでもある秘書はその静謐さの中にも何か秘めたるものを感じさせます。

ここにもまた北野映画の特徴である「語らぬこと」が見出され、沈黙によりかえって女秘書からは色気がにじみ出ているのです。

一つにはまず「沈黙の色気」の表象としてこの女秘書の存在がここにあるといえるでしょう。

信念を持たぬ若者達

分断社会と若者の今

女秘書の面白い所はこうした数々の狂気を目の当たりにしながらも尚事なかれ主義を貫き自身の仕事をこなしている所です。

仁藤が殺されようと、組織と癒着していた岩城が殺されようと、その後を菊池が継ごうと、彼女にとってはどうでもいいのでしょう。

これは後述する菊池にもいえることですが、女秘書は信念を持たぬ若者の表象ではないでしょうか。

菊池の結末は後述しますが、彼も新米刑事でありながら特別刑事としての信念や確固たる目標があるようには見えません。

それは女秘書も同じことで、職場が決して良いところではないことに気付きながらもそれに口を出さないのは仕事への信念がないからです。

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