ドロドロとした人間関係が描かれている本作において、2人の関係性は純粋に好意しか持っていない関係であるように描写されていました。
ジャスティンとクレア
本作で最も重要な2人。
まず、第1部「ジャスティン」第2部「クレア」とタイトルが銘打たれています。
面白いのは鑑賞する際は姉妹それぞれ視点は逆になっている点です。
第1部では、多くの人がただただジャスティンの奇行に翻弄されるクレアに共感できると思います。
しかし、一変して第2部では、徐々にジャスティンに感情移入できるように描かれていました。
そして、物語は破滅のベクトルに進んで行きますが、2人は対照的に描かれています。
- ジャスティン:地球や生命の本質を“邪悪”と捉えて、自分も含めた全てに対しての破滅的な行動や言動をする。地球が終末に近づくと、それを受け入れ破滅のベクトルが重なり逆にしっくりと収まり神秘的な人物へ変貌する。
- クレア:最初こそしっかりした姉・嫁・母としての存在であったが、終末が近づくと、徐々に自分自身のことしか考えられず現実を受け入れられずに現実逃避ばかりする。とても矮小な人間に見えていく。
クレアは、ジャスティンに向けて前半と後半で同じセリフを言います。
「時折あなたがたまらなく憎らしい」
引用:メランコリア/配給会社:マグノリア・ピクチャーズ
前半ではジャスティンに振り回されるが故に、後半ではクレア自身では受け入れられない事実を受け止めることができるジャスティンに幾ばくかの嫉妬を込めて。
ジャスティンからクレアへは、明確な感情を言葉にして伝える描写はありません。
最後のシーンまで姉とともに行動していたことからも、唯一肉親の心を許していた存在であった事は想像できます。
そしてクライマックスへ
破滅へのカウントダウン
隕石「メランコリア」がいよいよ地球に衝突するクライマックス。
不安に駆られるレオにジャスティンは優しく語り、ともに「魔法のシェルター」を作っていました。
木の棒を三角テントのように立て掛け重ねただけの簡素なシェルターに入る際のこと。
レオは運命を受け入れているようにも見えますし、尊敬するジャスティンを信頼し希望を見出したようにも見えます。
ジャスティンは、さらに為す術なく泣き崩れるクレアも「魔法のシェルター」へ招き入れています。
そして「メランコリア」が地球に落ち、その理不尽な衝撃が3人に迫り来る瞬間、三者三様の反応を見せました。
レオは、ギュッとジャスティンの手を握りしめジャスティンに全てを委ねる。
クレアは、2人の手を離し、自分の頭を抱え込む。
そして、ジャスティンは微動だにせず受け入れる。
これこそがこの映画を通して描いてきた3人の関係性の意味ではないでしょうか。
前途ある子供の人間でも、最後は自分自身のことしか考えていない人間でも、運命を受け入れた人間も…。
破滅は全ての人間が平等に訪れる。
そしてその破滅の瞬間には、本当に大切な人と過ごしたい、という意図があったように思います。
最後に…
トリアー監督は、自身も罹患した鬱病の経験を元にこの作品を製作したようです。
監督がどういった心境でこの作品を作ったのか。