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この作品はダニエルズ(ダニエル・シャイナートとダニエル・クワンのコンビ)監督・脚本による2017年日本公開のアメリカ映画です。
主演のハンクにポール・ダノ、『しゃべる死体』メニーにはハリー・ポッターシリーズのダニエル・ラドクリフとうい異色コンビが務めました。
ラストシーンは、ガス噴射で海の彼方へ去っていくメニーを見つめるハンクのアップで終わります。
この時ハンクの眼には何が見えていたのか、そして『メニー』とはいったい何だったのかなど深く考察していきましょう。
導入部の映画的手法
本作は自殺しようとしている主人公から始まります。
海を漂う無数のSOSが絶望までの苦難を物語っていました。
そして『メニー』の出現で脱出、ジェット噴射で水上スキー。その大ルーズショットにメインタイトルです。
この展開は普通の映画ならば『ラストシーン』ではないでしょうか。
主人公の通常生活から始まり、無人島へ流れつく経緯へと発展するのが一般的です。
そして無人島生活での苦悩があり悩んだ末に自らの命を絶とうと思った矢先に『メニー』という救世主があらわれ…という展開でしょう。
しかし、意味不明な設定の本作だからこそ、この導入部で観客の心を掴み、これからのストーリーに疑問を挟む余地をなくしたのです。
大前提
ファンタジーやSF映画の世界では、観る側が『強引な世界観』を肯定することが重要となります。
それさえ認めてしまえば多少荒唐無稽な設定だとしても、さらりと流すことができるからです。
そのうえ物語にどっぷりと集中できますし、作品のリアリズムを疑う必要がなくなります。
本作も『メニー』という奇妙な死体は『特別なもの』だということを、まず肯定したほうが良さそうです。
背景の美しさ
絶海の孤島、しかもどうやったらここに漂流できるのかも説明がつきません。
確かなことはその風景の美しさです。
碧色の海、それより少し薄いブルーの空。
砂浜は波に洗われて足跡ひとつもありません。それら美しい背景も導入部を助けています。
音楽の重要性
音楽も俊逸です。
メニー役のダニエル・ラドクリフによると、本作は撮影前にまず音楽から作ったという事でした。
一般的には編集が終わってからシーンによって作曲していくことが多いのですが、この作品では音楽をかけながら撮影したそうです。
監督のダニエルズはミュージックビデオの出身で、今回のこの手法はそれが大きく影響しています。
しかし、俳優が場面の状況を理解するためには大変効率的な手法です。
それらの要素が重なり、これから始まる不思議な映画の世界へと観客を引きずり込むことにまんまと成功しています。
ハンクとメニー
『無人島からの脱出』は終わりではなく始まりでした。
孤独からなのでしょう、ハンクは死体と判っているのにメニーに色々と語り掛けます。
そして『無人島』から『森』にシーンが変わり、ここから本当の『意味不明な物語』の始まりです。
ここでようやく導入部での手法が生きてきます。
絶望から『死の淵にいたもの』とそのまま『死体』との交流の始まりです。
そしてハンクは『メニー』が役立たずではないと知ることになりました。
ダニエル・ラドクリフ
ほとんどのシーンを吹き替え無しで演じたダニエル・ラドクリフはとても楽しかったと言っています。
水上スキーのシーンも給水機のシーンもです。
自分が頑張った仕事を、誰かがお金を払って観てくれることに幸せを感じたと言います。
『ハリー・ポッターシリーズ』など彼のキャリアを考えると、なぜこの役を引き受けたのか不思議ですが迷いはなかったそうです。
なくてはならない存在に
メニー無しでは故郷に帰れないとハンクは悟りました。
メニーは題名となった『スイス・アーミー・ナイフ』を遥に凌ぐ万能ぶりです。
その最大の特徴は遠慮なく『話し合える』ことでした。
孤独を紛らわせるだけでなく、自分の感情や悩みをぶつける相手になってくれるのです。
どこからどう見ても死んでいるメニーに、生きているどんな人たちよりも親しみを覚え友情を感じるハンクでした。