そこで瀬戸は、内海を経由して樫村に近づこうと考えたのではないでしょうか。
内海が川辺にいるのはなぜなのか
瀬戸が川辺に来るようになった理由はこれまでの考察でご理解いただけたと思います。
ではもう一人の主人公、内海はなぜ川辺にいるのでしょうか。
元々、内海が川辺にいたことが瀬戸も来るようになった理由です。
そのため、彼が川辺にいる理由を考えることは物語を理解する上で重要な要素になるはずです。
映画の中で内海は川辺にいる理由について、塾までの時間つぶしと語っていました。
ですが、それなら友達と遊んだり部活をすればいいことで、一人で川辺にいる理由にはなりません。
彼が一人で川辺にいる理由、それは彼の人間関係の苦手さにありました。
人と関わろうとしないのは周りを見下しているから?
内海は人と関わることを徹底的に避けています。
自分から話しかけないだけでなく、話しかけられてもほとんど相手にしません。
それは学校内でも同じだということが、同級生の少年による
なあなあ、なんで学校でしゃべらへんの?
引用:セトウツミ/ 配給会社:ブロードメディア・スタジオ
という発言からもわかります。
では、なぜ彼は周りと距離を置くのでしょうか。
その理由の一つに、周りを見下しているということが考えられます。
それは、同級生の少年や瀬戸のセリフからもわかる通り、実際に周囲の人々からそう思われているようです。
その原因は話しかけられるたびに周りが知らないような言葉を使っているからでしょう。
そのため、彼は一人になりがちになってしまいました。
内海の態度は思春期特有のもの?
内海のような周りを見下す態度は中高生によくみられるものです。
実際、クラスに一人や二人、学力が高いことを鼻にかける生徒を見たことがあるのではないでしょうか。
内海は高校生にしては冷静で落ち着いています。そのため、それだけでは高校生らしく見えません。
ですが、自分の学力の高さを鼻にかけ、周りを見下してしまうせいで周りとコミュニケーションがうまく取れない姿はとても高校らしいものです。
内海にこういった要素があることで、より高校生らしい二人が会話するだけ、という映画のコンセプトが引き立つのではないでしょうか。
内海は部活も嫌い?
内海は周りと距離を置きたがる性格ですが、それでも周囲からはあまり嫌われている様子はありません。
実際に同級生や樫村から部活に入ったら?というように言われています。
ですが、そういった誘いも全く相手にしていません。
なぜ内海は部活が嫌いなのでしょうか。
内海なりの合理性から部活をしていない
内海は樫村に部活を進められても
走り回って汗かかなあかんのか、なんかクリエイティブなことせなあかんのか、仲間と悪いことせなあかんのか。
引用:セトウツミ/ 配給会社:ブロードメディア・スタジオ
というように考えています。
内海は他の子たちよりも厳しく勉強を求められており、実際に学力は高いのでしょう。