出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B00AM5VG2E/?tag=cinema-notes-22
とことんまで「暴力」に振り切った前作から5年後の話を描いたのが本作「アウトレイジビヨンド」です。
死んだと思われていた大友の復活を境に再び揺れ動く抗争の末衰退の一途を辿る山王会。
北野映画としては珍しい初の続編映画であることも含め、また違う見所のある映画となりました。
「言葉の暴力」と謳っているだけあって、関東VS関西の罵詈雑言の応酬も見逃せません。
以下、本作の受賞歴です。
日本国内
第22回東京スポーツ映画大賞作品賞・監督賞・男優賞
第67回毎日映画コンクール男優助演賞
第22回日本映画批評家大賞監督賞
第42回報知映画賞特別賞海外
第8回アジア・フィルム・アワード監督賞
第69回ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞ノミネート引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/アウトレイジ_ビヨンド
さて、本稿ではラストで復活した大友が片岡を殺した理由を徹底考察していきましょう。
そして、その理由の裏付けともなっている片岡の行動の意味と策略も併せて読み解いていきます。
ラストシーンの意味
「アウトレイジビヨンド」ではラストシーンに向かって物語が構成されています。
前作で死んだはずの彼は果たしてどんな目的で出所したのでしょうか?
片岡への復讐
結論から申し上げるなら、ラストシーンの意味は大友の片岡に対する遠大な復讐です。
そもそもまだ刑期を終えていない筈の自分を仮釈放にする時点で大友は片岡へ違和感を覚えていました。
しかし、義理人情を重視していては片岡に勝てないことも前作の裏切りで経験しています。
少なくとも同じ過ちを繰り返す程大友は馬鹿ではなく、その位の思慮分別はつく男です。
だから一見片岡に使われている振りをしながら、彼に復讐する機会を虎視眈々と窺っていました。
堅気の世界に戻りたいは本当か?
こう考えると、次に堅気の世界に戻りたいのが果たして本当なのかが気になります。
散々義理人情に拘ったばかりに酷い裏切りと組織の崩壊に遭った大友の気持ち自体は間違いじゃないでしょう。
しかしその割には前作で散々自分達を貶めた山王会並びに加藤派に対する復讐は意気揚々と行っています。
一見矛盾していますが、半分位はポーズというかフェイクだったと考えられるのではないでしょうか。
さも無気力・無関心を装いながら奥底に冷たい意志を宿した復讐鬼へと大友は変貌したのです。
それだけ前作の喪失による傷跡が大友の中で深かった証でしょう。
罠に気付いた者と罠に気づかなかった者
大友と片岡の関係は罠に気付いた者と罠に気づかなかった者の違いではないでしょうか。
大友は片岡が自分を出所させたことも含めて彼が裏で仕掛けていた罠を全て見破っていました。
しかし、片岡は大友のそうした意図に気付かず土壇場になるまで自分の優位を信じ切っていたのです。
だからこそ、大友が片岡を殺した時に5年越しの苦労がカタルシスとして花咲くことになります。
とても静かながらこれ以上ないアウトレイジビヨンド=暴力を超えたところにあるものなのです。
片岡の行動の意味と策略
大友が既に気付き看破した片岡の行動の意味と策略は何だったのでしょうか?
ラストから逆説的に考察してみましょう。