達夫は同僚を鉱山の発破事故で亡くしたことへの責任感から、トラウマに悩まされていました。
仕事を辞め、特に目的もなくただ生きているだけのどんよりとした毎日を送る達夫。
今の生活から抜け出したいのに前向きになれない自分へのジレンマが、達夫の心を占めていたのだと思われます。
両親を亡くした虚無感もあったでしょう。亡き両親の姿は達夫の心のよりどころだったのかもしれません。
だからこそ、拓児や千夏、大城家の家族との出会いは、希望を持って新しい生活を始めるきっかけになったのです。
達人は拓児の生き方に共感を覚えた
達人には、初めて出会ったときから拓児には他人とは思えない感情がありました。
無理して明るくふるまおうとする拓児に何となく惹(ひ)かれるものを感じます。
拓児には、時々見せる寂し気な表情や、わざと大声を出して本心を隠すそぶりがありました。
拓児に前科があり服役していた事実を知った時、達夫には拓児の影の正体がわかります。
表面的な態度や口ぶりの裏には、自分を受け入れてくれている家族に対する深い感謝の気持ちがあったのです。
達夫は、拓児の中に自分とよく似た部分を感じたのでしょう。
拓児が傷害事件を起こして達夫に救いを求めた時、わがことのように涙した達夫。
拓児の生き方に共感を覚えていただけに、切ない気持ちがあふれたのです。
それは、兄弟がお互いを思う愛情のようでした。
千夏の表情に感じたわずかな輝き
初めて千夏にあった時の達夫の心情を考えてみました。
苦しい生活ながら、家族のために、けなげに身を削って働く千夏に探し求めていたものを感じたのでしょうか。
底辺の生活の中で仄(ほの)かな輝きを見せる千夏
最初の出会いの時に達夫は千夏の献身的なしぐさに惹(ひ)かれます。
海岸で話す千夏のよこがおに夕陽が当たっていました。その淡い光も無気力の達夫にとっては眩しい輝きに見えたのです。
ところが、場末の飲み屋でからだを売る千夏に偶然出会ったときも、達夫は素直に自分の気持ちが表現できません。
過去のトラウマの闇があまりにも深すぎて、卑屈になった達夫はやさしい言葉をかけることができなかったのです。
達夫が過去を振り切る覚悟を決めたのは、父親の性処理までやらされる千夏を目撃した時でした。
あまりにも暗い現状に、千夏の輝きが風前のともしびのように見えたのです。
人前で涙を我慢していた千夏も、どうしようもない現実に飲み込まれそうな限界に達していました。
達夫に甘えて良いかどうかの心の葛藤もあったのでしょうが、初めて達夫の前で素直な涙を流します。
新しい目標は家族を作ること
千夏に中島との関係を清算させ、拓児のしがらみを取り除くために、達夫は鉱山の現場に戻ろうとします。