出所したヒグチに狙われていた危機的観光は微塵も感じられません。
まるでアルバトロス作戦が全ての過去を清算してくれたかのような事実に、タケはテツとの行動を洗い直し始めるのです。
天才詐欺師テツ
テツはまひろとやひろの母親と結婚する前から、生粋の詐欺師でした。
詐欺師としての仕事をやめられなかったため離婚した経緯があったほどです。
アルバトロス作戦の実行には背後で莫大な資金がかかっていました。
それは全てテツが個人で出していたものです。
テツの資金源は、タケと出会う前に起こした建設会社相手の3000万の取り込み詐欺です。
妻の復讐があったとはいえ、この詐欺事件から全ての計画が立てられていたかと思うと恐るべき天才詐欺師といえるでしょう。
全ての筋書きを立てたテツの目的とは
出会いからアルバトロス作戦の成功まで、全てはテツのシナリオでした。
タケを詐欺の師匠と言っていたテツこそが、実は本物の一大詐欺師だったのです。
テツのシナリオはタケとの出会いから始まっていました。
タケと住んでいたアパートでボヤ騒ぎを起こし、ヒグチの脅威を思い出させることから始まり。
劇団員を雇いまひろにスリを働かせ自然な出会いを演出。
自分たちの家に彼女たちが転がり込んでくるところまで、テツの思惑通りに事は進みます。
時間をかけた大掛かりなシナリオの目的は、いったい何だったのでしょうか。
それぞれを正しい道へ
テツの目的は、彼の娘であるまひろとやひろをまっすぐな人生へと導くことでした。
詐欺師として生活していたタケも、元々は犯罪を強要されていた被害者です。
自分の妻が自殺するきっかけになった人物ではあったものの、タケ自身も娘を殺されています。
また、謝罪の心からまひろとやひろにお金を送り続けていたという事実もありました。
未だ過去に縛られるタケや娘たちを解放するには、お互いを引き合わせることが必要だとタケは考えます。
そして決行されたアルバトロス作戦。
タケの送り続けた金を全て使い成功させたことで、娘たちを縛り付けるものはなくなりました。
タケさん!もうお金送らなくていいからね!
タケさんの気持ちはもう十分伝わったから
引用:カラスの親指/配給会社:20世紀フォックス ファントム・フィルム
別れ際にまひろたちが投げてきた言葉もまた、タケを過去から解放したのです。
家族ごっこ
5人での共同生活…父親でありたかったテツのささやかな家族ごっこだったのでしょう。
テツ:そういえば、今この家の住人も5人ですね。
タケ:なんであんたが親指なんだよ。俺が母親なんて気持ち悪いだろ
引用:カラスの親指/配給会社:20世紀フォックス ファントム・フィルム
タケと繰り返されたこの指の会話を伏線に、作中では何度も家族を意識させられます。
2人の父親でもあり一大詐欺師のテツはまさに「カラスの親指」です。
まひろとタケの出会いは、家族として共に過ごしたいという密かなテツの願望も叶えていたのでしょう。
アナグラムが魅せる名作
映画の隅から隅までフラグだらけの「カラスの親指」で注目したいのは、テツがこだわるアナグラム。
繰り返し出てくるそれは衝撃のラストの伏線にもなっています。
本名をもじっただけのテツの偽名は、全てを偽ってきた自分をタケに見つけて欲しい表れだったのかもしれません。
そう考えると、繰り返しアナグラムを説明するテツの本心が作中でも見えてくるから不思議なものです。
驚きの結末が多い道尾秀介作品
原作者である道尾秀介氏の作品は、衝撃の結末が読み手に驚きを与えることで有名です。
サスペンスタッチで描かれた「カラスの親指」を始め、異質な結末を迎えるベストセラーミステリーとして評判の「向日葵の咲かない夏」。
友人の死の謎を追う青春サスペンス「ソロモンの犬」など、文字から情景が広がる魅力的な作品ばかりで他作品の映画化にも期待してしまいます。
もちろん原作との違いに目を向けてみるのも楽しみ方の1つです。
愛を感じる大どんでん返し
本作は、人の温かみを感じさせるだけではなく最後に隠されていた家族愛を浮き彫りにした名作といえます。
映画としては少し長めの2時間40分という長編になったのも、伊藤匡史監督が原作の良さをノンカットで伝えたいと感じたからでしょう。
「カラスの親指」は、全ての真相を知った上で観なおすことで味わいを増していく映画です。