「あんたもよ、あんたもおってよかった!みんなおってよかったんよ…。」
引用:くちびるに歌を/配給:アスミック・エース
アキオはナズナの母がナズナに言った言葉に反応して、こう尋ねたことがアキオの汽笛の真似に繋がるのです。
まだサトルが幼かった頃、両親はアキオを教会に預け一時保育をさせていたと思われ、アキオはこの時の出来事を覚えていたのです。
汽笛の真似をする理由
アキオは感覚的に自分は存在してよいのか感じていたのかもしれません。ですから、ナズナの母親に肯定してもらったことで安心したのでしょう。
アキオは“自閉スペクトラム症”の「高い記憶力」や「好きなことへのこだわり」という症状がとても強く出ています。
アキオはこの幼い時のことが「安心」できた経験として記憶に強く残ったのでしょう。
それ以来、不安なことや意に反することがおきても解決すると汽笛の真似をするようになり、それがサトルには“機嫌が良い”と見えたのです。
マイバラードを歌う輪が広がった理由
“マイバラード”ができあがった経緯
「マイ バラード」は合唱曲などを多く作詞作曲する松井孝夫が1987年に発表したデビュー作です。
この曲は当時、松井氏が障がい者の人達とのボランティアサークルで音楽活動をしていた時に浮かんだ作品だと話されています。
小中学校の合唱部や合唱コンクールなどで歌われることが多く、合唱をしている人たちにとっては馴染みの深い曲なのです。
なぜ、合唱の輪が広がったのか
「マイバラード」を思春期で多感な生徒達に歌わせてみたところ、歌わなかった生徒でもメロディに魅かれるように歌い出したといいます。
その話しが全国の小中学校に広がり、合唱コンクールや卒業式などで多く歌われ親しまれていくようになりました。
中五島中学校の生徒がアキオのために唄い出したことではありますが、会場のエントランスにいた多くの生徒達もよく知る曲です。
したがって「マイバラード」のメロディーに誘われて歌い出すことは、ごく自然なことで合唱の輪が広がったのです。
15歳の君と15歳だった人に捧げる映画
中五島中学校卒業生の柏木ユリがピアノが弾けなくなるほどのトラウマを背負い、臨時講師を引き受けたことで帰省します。
そのユリが合唱部のサトルやナズナの人に言えぬ悩みを知ることで、今の自分と重ね合わせ15歳の時の夢を思い出し立ち直っていく物語でした。
もし大人になった自分が何か壁にぶつかった時に、過去の自分から手紙が届くとしたらどんな内容だと嬉しいでしょうか?
「くちびるに歌を」を観ると15年後の自分に気の利いた手紙を書いてあげたくなり、大切な気持ちは忘れないようにしようと思わせてくれます。