それは「子供と大人」です。大人を乾と考えれば、パプリカが子供の姿を取ったことは必然といえるでしょう。
夢とは本来あやふやなで不確かなもの。だからこそ、秩序(現実)と対峙して簡単に消えてしまったのではないでしょうか。
男と女、大人と子供。正しい対比=秩序を示したパプリカの勝利は当然だったと思えるのです。
子供と大人の夢の違い
子供は夢を食べて大人になるとも言われます。
理事長が生み出したどろどろしたもの(夢)を呑み込むのは、そのメタファーとみることもできないでしょうか。
同時に、大人がいつまでも抱いている「叶わない夢」には力がないというメッセージも込められているのかもしれません。
自分の事しか考えない乾の夢には結局、現実を変えるほどの力はなかったということ。
これも、乾があっさりと呑み込まれてしまった理由だと推測できるのです。
もう一人の主役 粉川刑事
ここで「夢に溺れた存在」と対照的な存在、粉川刑事に注目してみます。
思い出した夢と向き合う現実
彼は映画監督になりたかった「夢」を思い出して認め、トラウマを克服しました。
そして事件解決後、ガラスに映った古い友人と、こうやり取りします。
嘘から出た実じゃないか 大事にしろよ
ああ 嘘も実もな引用:パプリカ/配給会社:ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
この存在は、あくまで粉川の想像によるものです。映画を投げ出した彼を、友人が実際にどう思っていたかはわかりません。
それでも粉川は自分自身で結論を出します。これが現実と向き合うということなのです。
粉川は物語に登場する「夢に溺れた人物たち」と、明確に対比されて描かれていることがわかります。
「大人」の出す結論
映画のラスト、敦子の結婚報告を受けて少しだけ苦い顔をする粉川。
ここには、化け物のようになっても敦子を諦めきれなかった小山内との対比もみることができるでしょう。
魅力的な女性が、別の男性と結ばれることもまた現実的な出来事。大人の反応です。
彼はそのあと素直にアドバイスに従って映画館へ。そして言います。
大人一枚。
引用:パプリカ/配給会社:ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
どんな結論であれ、自分なりに決着させて次に向かうこと。これが「大人」としての行動なのです。
こうして、物語はさっぱりと幕を閉じるのです。
起きている間も見る「夢」
ここまで考察したように、「夢」とは叶わない願いや強い情念も指していました。
ではその他の意味はなかったのか、忘れてはならない敦子の夢から考察します。
敦子の見た「夢」
敦子の夢で、時田をエレベーターから助け出す記憶が変化する象徴的な場面がありました。
敦子が…夢を見ている
引用:パプリカ/配給会社:ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
現実と夢が曖昧になった無秩序な世界。その中で見る夢で、ようやく彼女は自分の気持ちを素直に表現できたのです。
真面目な敦子にとって、現実でそんなことをするのは、相当難しかったことが推測できます。
しかし「夢=敦子の無意識」でもあるパプリカには、ずっとそれがわかっていたのでしょう。
敦子が私の分身だって 発想はないわけ?
引用:パプリカ/配給会社:ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
自分の本当の気持ちに早く気づきなさい、と敦子をあえて挑発しています。