娘ドリーを守ろうとする気持ちは同じですが、その守り方が大きく違っていました。
チャーリーとジェニーは、娘ドリーが自由に生きて行けるように守り育てたのです。
ひとりで生きていけるように育てた
チャーリーとジェニーは、ドリーの持つ障害ときちんと向き合っています。
更に親としての務めともいえる、自分たちがいなくても生きていく力をドリーに授けていました。
難しいことにぶつかっても、いつでも他に道はある
引用:ファインディング・ドリー/配給会社:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ
このセリフは難しいことから逃げていたマーリンとは、真逆の子育てをしていることを示しています。
短期記憶障害で、すぐに忘れてしまうなら違った方法で覚えればいいのです。
それを象徴するかのように、歌でドリーの記憶を定着させようとしていました。
親ではなく友達になった
父親チャーリーはドリーに対して親の目線ではなく、友達として接しています。
僕はドリーに覚えてもらいたい、いい魚なんだよ
引用:ファインディング・ドリー/配給会社:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ
友達をすぐに忘れてしまうドリーには、おそらく友達はいなかったのでしょう。
チャーリーは友達として接することで、将来ドリーに大切な友達が出来るように育てたかったのではないでしょうか。
ドリーは本作でニモのこともマーリンのこともしっかり記憶にとどめており、両親の子育ては間違っていなかったのだと感じます。
障害は治さなくてはいけないもの、ではない
本作では個性豊かなキャラクターが多数登場しています。
ディスティニーやベイリー、ベッキーなども「普通」ではないキャラクターです。
普通でないということは悪いことなのでしょうか…。
ハンクが伝えるもの
足が7本しかないタコのハンクは、水槽の中で守られて過ごしたいと願うミズダコです。
ハンクは水族館の水槽という限られた空間が、自分を守ってくれる場所だと思い込んでいます。
しかし劇中で描かれているように足を1本失っていても、なんら問題はなくむしろどんな状況にも対応出来る力を持っているのです。
ハンクは自分が障害を持っているから、と臆病になってしまったキャラクターとして描かれていました。
障害は個性
他とは違うことを「障害」と呼ぶけれど、それは決して悪いことではない…。
劇中では何か欠けているキャラクターが多数登場していましたが、彼らは各々個性を活かして冒険し生きています。
本作では海の仲間たちを描いていますが、人間に置き換えて観ると多くのことを考えさせられます。
障害をとても魅力的なものに描いており、ドリーたちの姿を観て沢山の人が様々な考えを持つようになるのではないでしょうか。