出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B01J3PX8TM/?tag=cinema-notes-22
映画『海よりもまだ深く』は『奇跡』などで有名な是枝裕和監督作品で2016年に公開されました。
キャストには阿部寛や真木よう子、樹木希林といったベテラン俳優を中心に固められています。
タイトルはテレサ・テンの『別れの予感』という歌詞から本歌取りという形で引用されたものです。
物語は小説家として一度成功した男がその後落ちていって家族に愛想を尽かされる日常を描いています。
妻には新しい恋人がいて、息子の養育費も払えなくなりギャンブルに手を染めるとダメ人間の典型です。
そんな本作のリアルな日常描写が多くの人の共感を呼び、以下を受賞しました。
第26回フィルムズ・フロム・ザ・サウス映画祭シルバー・ミラー賞最高賞
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/海よりもまだ深く
本稿では台風の夜に家族が過ごす意味をネタバレ込みで考察していきましょう。
また息子がフォアボールを狙う理由やサインを頼まれた良多の心情も併せて読み解きます。
「なりたい大人」になれなかった大人たち
本作はタイトルの壮大さとは正反対に凄く生々しく「なりたい大人」になれなかった大人たちの物語です。
主人公・篠田良多はその象徴として描かれていますが、まあ見事なまでのダメ男の要素を詰め込んでいます。
一発ヒットの過去の栄光に縋り、依頼主とターゲットの双方から金を騙し取り、その金を私利私欲で無駄遣い。
息子の養育費もまともに払えず母と姉には恥じらいもなく金の無心と物凄くセコい小悪党です。
しかし、良多の例はやや極端だとしても殆どの人は子供の頃に描いた夢を実現出来ず大人になります。
そして気がつけば未練と後悔ばかり…そんなしがない人生に込められた本質を今回は考察していきましょう。
台風の夜に家族が過ごす意味
本作では終盤に台風の夜、良多と母・淑子が住んでいるアパートに家族全員で揃うシーンがあります。
わざわざ離婚した家族をこの一夜限りで過ごさせたこのシーンには何の意味があるのでしょうか?
本音をぶつける
このシーンで一番に描かれているのは本音をぶつけ合う家族達の姿です。
とはいっても四人全員で話し合うのではなく良多と真悟、響子と淑子に分かれています。
それぞれ男同士と女同士、そして本物の親子と擬似の親子というのもポイントです。
良多と真悟は将来なりたいもの=「未来」を、響子と淑子は家族の復縁=「今」を話しています。
まずはお互いが思っていることを一方的な決めつけや拒絶ではなく真正面から話し合うこと。
これがよりお互いにとって様々な問題をクリアにしてくれました。
前に進めない者達
二つ目に、この台風は「障害による停滞」の象徴として用いられており、とても大事な意味があります。
それは何かというと良多・真悟・響子・淑子の四人がいずれも「前に進めない者達」だということです。
未練だらけの良多は勿論真悟も良子も、そして新しい恋人を見つけた響子ですらも前に進めません。
それは「やり直させてあげたい」という言葉に表現されており、心が後ろ向きである点で同じです。
誰一人なりたいものにはなれておらず、かといってそれを認めるには変なプライドが邪魔してしまいます。
そんな複雑な葛藤がこの台風の夜のやり取りに凝縮されているのではないでしょうか。
二度とは戻らない家庭
そしてこの台風のシーンが一番示していることは二度とこの家族が元に戻らないというシビアな現実です。
それは真悟の次の台詞が何よりも深く突いてくれています。
宝くじが当たったら、みんなでまた一緒に住めるかな?
引用:海よりもまだ深く/配給会社:ギャガ
即ち宝くじに当たる奇跡でもない限りもう家族が一緒には住むことは出来ないと暗示しているのです。