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【泥の河】戦後の復興を経ても終わらない民衆の苦しみを徹底解説!「お化け鯉」は何を意味する?原作小説の結末にその答えが!

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B07SVM3NVY/cinema-notes-22

宮本輝の小説を映画化した「泥の河」は、少年の目を通してみた戦後の闇を映し出しています。

1981年に公開され、日本アカデミー最優秀監督賞や最優秀撮影賞を始め、海外でも高い評価を得ました。

戦後復興の時代、民衆が苦しめられていた戦争の傷跡とはどのようなものなのでしょう。

泥の河に潜むお化け鯉の正体を徹底解明していきます。

戦後復興の裏側に迫る

戦前戦中戦後 古写真 生写真 十五年戦争 満洲事変 日中戦争 太平洋戦争 零戦 戦闘機 軍服 旭日 希少 258枚 資料 1930年代 神風特攻隊 貴重

「泥の河」で舞台となっているのは昭和31年、戦後11年程たった大坂です。

本作品は、復興を経てもなお戦争の傷跡に苦しむ民衆がいたことを、歴史に刻む作品となっています。

戦争の傷跡は簡単には消えない

劇中で舞台となっている昭和31年は、各地でデパートブームが沸き起こり、映画館も次々に建てられた時代です。

高度成長期と呼ばれていた日本、戦争の傷に蓋をしてしまうような歴史に「泥の河」は鋭いメスをつきたてました。

1981年制作の映画ですが、当時はすでにカラー映像が主流です。

しかし、監督はあえて映画をモノクロにし戦争の影を色濃く演出しています。

「泥の河」は戦争を隠蔽するかのような戦後の時代の真実を、子供たちの視線で描いているのです。

死はすぐそばにある

劇中では荷馬車引きの男性の死や、晋平の元妻の病気、蟹の甲羅に火をつけるなど「死」はいつも身近に存在します。

戦後10年経っていても、死の存在はまだまだ遠ざかってはいなかったのでしょう。

戦争で死んでしまった方が楽だったという考えは、戦後の高度成長に乗れない民衆の悲痛な叫びです。

民衆の苦しみを描写

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戦後、日本は苦労しながらも高度成長期を迎え輝かしい発展を遂げます。

しかし、歴史の裏側には多くの貧しい民衆が存在し、戦争を引きずっていたのです。

昭和31年の流行語「もはや戦後ではない」

銃後史ノート戦後篇 4 もはや戦後ではない?

昭和31年といえば「もはや戦後ではない」という言葉が流行した時代です。

しかし、実際は戦争の傷が人々を苦しめ、生活すらままならない人が多く存在していました。

劇中では、銀子も喜一も母親の仕事に関して、何も口に出すことはありません。

彼らはうどん屋の客になじられたときも、じっと堪えて下を向いています。

子どもたちは自分達の置かれた状況をしっかりと理解し、受け入れているのでしょう。

その姿は、戦時中に必死に生き抜く子供達の姿と重なります。

昭和31年という時代は「間違いなく戦後の時代です」この映画を観るとそう断言せざるを得ません。

水上生活者の存在

劇中で銀子や喜一が住んでいる家(舟)は、当時では珍しくありませんでした。

水上生活者は、映画の舞台となった高度成長期に都市部へ集まりました。

貧困層の住居として定着しており、ヤクザとの関わりも深かったといわれています。

喜一たちの母親(笙子)が刺青の男と抱き合っていたのも、ヤクザとの繋がりが深い水上生活者だったからでしょう。

戦争が生んだ歪み

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戦争は多くの人の命を奪い、心も犯しました。

戦争で生き残っても家族を失い、財を失って立ち直れずに苦しんでいた人は大勢存在します。

戦争が生んだ極貧という暮らし

劇中では子供たちの素直な言動に、胸を締め付けられるシーンが多々あります。

中でも、銀子が米びつに手を入れ「ぬくい」というシーンは多くの人が心に残っていると感想を寄せています。

銀子が「ぬくい」と感じたお米ですが、信雄は「つめたい」と感じます。

この差こそ、戦後の格差を如実に表現しているのではないでしょうか。

信雄は銀子よりも恵まれた生活を送っているので、お米よりも暖かいものを知っているのです。

喜一と信雄の家庭の差

この映画は、戦後に底辺を生きた家族の物語です。

喜一よりも恵まれた家の子である信雄ですが、それでも川縁に家を持ち、決して恵まれた家庭ではありません。

信雄の家族は、父親と母親がうどん屋を営んでおり戦後日本を象徴するような家族に描かれています。

一方、喜一の家族は母親が身売りをして生活をしている極貧家族です。

子供同士すぐに友達になりますが、超えられない格差を目の当たりにしたとき、喜一と信雄には別れが訪れてしまいます。

蟹に火をつける残忍さ

劇中には子供の無邪気な遊びとは言い切れない残忍なシーンも描かれています。

それは信雄を喜ばせようと、喜一が蟹の甲羅に火をつけるシーンです。

信雄は可哀そうという感情を持っていますが、喜一には弱者を思いやる気持ちが欠けています。

実は映画では描かれなかったのですが、喜一が雛を握りつぶす残忍なシーンが原作には存在しています。

戦争によって歪んだ生活、歪んだ母親の愛が喜一に残忍な二面性をもたらしてしまったのです。

子供が自分の境遇を受け入れている

ラストシーンで信雄は喜一の名を呼び、舟を追いかけますが、喜一が顔を出すことはありませんでした。

喜一にはきっと信雄の声が聞こえていたでしょう。

しかし母親の仕事を知られてしまったことから、きっと信雄も心の底で自分たちを軽蔑するだろうと悟ったのです。

喜一と銀子は自分たちの母親の仕事を疎みながらも、生きるために頑張っている母親を慕っています。

一度壊れたものは元には戻らない、見られてしまった悔しさや切なさ、抗えない現実を子供ながらに受け入れているのです。

子役の演技が高い評価を得ている

泥の河

「泥の沼」を語る上で、子役の演技を見逃すことは出来ません。

世界中から高い評価を得ており、劇中の子役がスピルバーグ監督から絶賛されていることも有名な話です。

残念ながら3人の子役は「泥の河」1作品のみの映画出演となっており、その後芸能関係から離れたようです。

信雄の成長物語

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演技ではなくドキュメンタリーを観ているようだ、と絶賛された子供達の中で主役として描かれたのは、信雄です。

戦後の貧困を描いたこの作品は、同時に信雄の成長物語でもあります。

貧しいながらもそれなりの生活を送ってきた純粋な少年が、自分とは異なる世界に生きる友人と出会います。

世の中に存在する闇を知り、大人の事情を感じ取り子供なりに消化していく姿が見事に描かれているのです。

映画を観返す際に、信雄の心情にフォーカスを当てて観るとまた違ったストーリーが見えてくるでしょう。

「お化け鯉」は死を意味する

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映画に登場するお化け鯉が何を象徴しているのか、映画だけではわかりにくい部分です。

しかし原作を読むと、その答えがはっきりと提示されています。

お化け鯉の存在

劇中で信雄と喜一をつないだお化け鯉は、河に住む巨大な鯉のことです。

このお化け鯉は信雄と喜一しか見ておらず、信雄は老人が河に落ちて鯉に食べられたともいっています。

映画ではさほど登場しないお化け鯉ですが、実は重要な役割を果たす存在だったのです。

原作と映画のラストシーンの違い

映画でのラストは信雄が喜一の名前を呼び続け、舟がトンネルの中へ消えていくシーンで終わっています。

しかし原作では、信雄が「お化け鯉が舟を追っている」と喜一に向って叫び続けます。

そして、舟の後ろにピッタリとついていくお化け鯉を見つめる信雄の姿で物語は終わりを迎えます。

お化け鯉とトンネルは死を意味する

河に住むお化け鯉は、元々河にいたのか喜一たちが引き連れてきたのか、詳細は描かれていません。

しかし、河にお化け鯉がいることで数々の「死」を招いていると考察出来ます。

原作のラストシーンで喜一たちの舟についていったお化け鯉は、今後の喜一たちの運命を暗示しています。

映画では、お化け鯉をトンネルに置き換え運命の向かう先を闇の中へと向けました。

戦後を描き、戦争を語る映画

川三部作 泥の河・螢川・道頓堀川 (ちくま文庫)

2017年にリバイバル上映された「泥の河」は独自の視点から戦争を描いています。

戦後10年を過ぎてもなお戦争の傷を深く残す子供達の姿は、改めて戦争を考えさせられる映画です。

純粋な存在であるべき子供が、多くの闇を溜めこんでいます。

歴史の1ページとして、後世に伝えていくべき映画といえるのではないでしょうか。