出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B00SYIHDJ6/?tag=cinema-notes-22
週刊少年マガジンに連載された漫画『神さまの言うとおり』を、実写映画化した本作。
高畑や天谷、秋元らによるサバイバルゲームは、最後に大きなどんでん返しがありました。
本作で気になる点は、まずは映画冒頭でいきなりゲームが始まったことでしょう。
さらに映画は、結局気持ちの良い終わり方ではなく、「神」と称されるホームレスのおっちゃんが最後にいました。
これらにはどんな意味があったのでしょう。
なぜ高畑と天谷が最後まで生き残るのか、これにも触れながら考察していきます。
冒頭から殺人シーンは分かりやすい
本作『神さまの言うとおり』は、いきなり教室でダルマとゲームをする場面から始まります。
唐突のシーンに戸惑ったかもしれませんが、近年の本作のようなデスゲーム系の映画には多く使われる手法です。
ショックの大きさとつかみは十分
本当に冒頭からダルマとのゲームが始まり、何人もの生徒が亡くなりました。ただ、その中でこのようなセリフが流れます。
神様。僕の退屈を返してください
引用:神さまの言うとおり/配給会社:東宝
このセリフから、主人公高畑(この時はその名前すら分からないが)がそれまで退屈な生活をしていたことが分かりました。
その退屈な生活が想像できないほどの、冒頭のデスゲーム。つまりこうすることで、観客に大きなショックを与えられるのです。
映画においても、インパクトが大切なのでしょう。
さらに近年増えているデスゲーム系の映画や漫画から考えても、いかに観客の関心を引くかということは、映画を面白くする大切な要素です。
イントロ的な役割
先述したように、大変ショックが大きな冒頭のシーン。
はっきり言って、本作の核心に迫るかのような内容でした。これはつまり、映画のテーマや内容を映像で紹介しているのです。
これによって、観客は何の映画であるか、何がゴールか、というところがある程度想像できるようになります。
そう考えると、ダルマや人が簡単に死ぬシーンから、観客はデスゲーム系の謎解き要素がある映画だと判断するのです。
つまり映画のイントロの役割を果たしているのが、冒頭のシーンなのでした。
デスゲーム系映画の金字塔
「高校生」「人が死ぬ」このようなキーワードの映画といえば『バトル・ロワイアル』でしょう。
この作品も、マンガから映画として実写化されたものです。
そして『バトル・ロワイアル』の実写版映画も、本作のように殺し合いから生還した生徒や主人公の父親の自殺から始まります。
やはり冒頭から映画の核心に迫る内容が流れることで、非常に映画の内容をつかみやすくなるのです。
さらに、冒頭シーンのところどころで、高畑の過去として万引きする様子やゲームをする様子が流れました。
こうすることで、高畑が「退屈している高校生」であることも分かります。