備前焼は数ある伝統工芸の中でも特に一点一点が作家の個性が強く出るといわれています。
単に備前焼だからいいのではなく、備前焼を作った職人の魅力に惹かれたのではないでしょうか。
真に良き作品はその作品の向こう側に作家の顔や温度が強く感じられるものです。
その意味ではるかは大皿の向こう側に作家・若竹修の顔や温度を感じ取ったのでしょう。
修の意識と窯の温度は繋がっているか?
本作最大の見せ場となっているのが後半で描かれるはるかと修の窯焚きです。
特別な作品ということもあり、修は食事も取らずに見守る続け遂に倒れてしまいます。
ここで倒れた時に何と窯の温度も下がってしまうという奇妙な現象が起きました。
果たして修の意識と窯の温度は繋がっているのでしょうか?
意識よりは「行動」
確かに修の意識が落ちたときに温度も落ち、修の意識の回復と共に温度も上がっています。
ですが、これはあくまでもタイミングと「行動」の問題ではないでしょうか。
どんなに意識が強くあったとしてもそれを行動として表現出来ないと意味がありません。
窯の温度を常に一定に保つのは難しく、使う薪の数やサイズによってもまるで違ってきます。
意識の回復で温度が戻ったように見えるのもはるかや他の仲間達が働きかけたお陰です。
受け継がれる”想い”
この窯焼きで描かれている意識とはすなわち受け継がれる“想い”ではないでしょうか。
はるかは緊急入院した修の想いを受け継ぎ、窯元代理人という重役を引き受けました。
何故そんな大役を任されたのかというとはるかのひたむきな性格に魅力を感じたからです。
そして何よりそんなはるかの魅力を見抜いていた陶人もまた慧眼であったといえるでしょう。
そんな2人の想いが仲間たちにも届き、それが窯の温度にも現われたのではないでしょうか。
2人の想いが生み出す奇跡
そしてこの窯焼きのラストは戻ってきた修とそれに安心したはるかという形になりました。
「ありがとう」という言葉により想いを深めた2人の意識はこの後奇跡を生み出します。
何と修の作った徳利には亡き修の父・晋の魂が宿ったような綺麗なゴマの模様がついたのです。
これははるかの成長だけではなくはるかを信頼した修もまた作家としての高みへ上りました。
意識と窯の温度は確かに「想い」と「継承」を通して繋がっていたといえます。
「ハルカ」がカタカナになる理由
さて、本作でもう一つ気になるのは表題がカタカナ表記であるということです。
はるかの名前自体はひらがなであるのに何故題名はカタカナ表記なのでしょうか?
外来人・小山はるか
まず1つ目の理由としては主人公小山はるかが外来人であることの強調ではないでしょうか。