大佐からすればこれは余りにも状況を楽観視し過ぎであると見ても仕方ありません。
確かに些か過激ですが、大佐のような現実的な視点が必要なのも事実です。
だからこそ、彼はそんな上層部の無能さにあきれ果てて特殊部隊を結成したのでしょう。
それ位人類と猿の戦いは切羽詰まっていたことが窺えます。
歪んだ弱肉強食
2つ目に、大佐自身が歪んだ弱肉強食の考えを根底に持った人だからです。
大佐の高圧的な態度は決して後天的なものではなく、生来のものではないでしょうか。
その証拠にウイルスに侵され退化してしまった人を容赦なく切り捨てているのです。
しかもその中には自身の息子も居て、身内ですら用が済んだら簡単に殺します。
それ位彼は歪んだ破滅思想の持ち主だったことが明らかになるのです。
保身が全くない
そして3つ目に、何より大佐自身の中に保身が全くないからです。
前述したシーザーとの一騎打ちのシーンを見れば、よりそのことが分かるでしょう。
あのシーンで彼は殺してくれといいますが、あれは決して命乞いではありません。
戦いで自分が敵わない役立たずになったら自分で自分を切り捨ててしまうのです。
ここでわずかでも保身があれば、大佐は自殺などしなかったのではないでしょうか。
それ位大佐は戦いにおいて覚悟を決めた人間だったのです。
守るべきもの
本作では最終的に猿が勝利しましたが、その決定的な要因は「守るべきもの」にありました。
シーザーをはじめ猿は戦闘力だけではなく、大切な家族や仲間を守るために戦うのです。
一方の人類は大佐をはじめ如何に自分が生き延びるかということしか考えていません。
正に利己的な戦いと利他的な戦いという双方のスタンスの違いが明暗を分けました。
人類がここで和平を申し込んでいれば、生き延びる余地はあったかもしれないのです。
それが出来ず傲慢なプライドが全滅の道に繋がっていったのかも知れません。
そして元祖『猿の惑星』へ
いかがでしたでしょうか?
本作は元祖『猿の惑星』へ繋がる前日譚として非常に完成度の高い作品でした。
高度な知能を持つ猿と退化した挙句全滅した人類の物語をどう描くべきなのか?
原典をしっかり解体しつつ、その高いハードルを見事にクリアしています。
段々人間に近づいていく猿と段々猿に近づいていく人間の対比も見事でした。
このリブート3部作を見ると、より原典への理解が深まることでしょう。