同じコンプレックスを抱えた者だからこそ分かり合える絆・友情がそこにはあったのです。
だからこそ、手紙の嘘をついてロクサーヌと結ばれることをシラノは望みませんでした。
それをしてしまえば不器用ながら一途に彼女を思い続けたクリスチャンの思いを裏切ることになります。
そのような不義理を働くわけにはいかないと感じたからこそ、最後まで嘘を貫き通したのです。
ロクサーヌが真に惚れたのは文才
2つ目にロクサーヌが惚れたのは実はシラノの「文才」であって「内面」ではないからです。
彼女は美貌ではなく内面に惚れたと述べていましたが、あの手紙はシラノの文才で出来ていました。
しかし、彼女はシラノの文才には興味があってもその内面に興味はなかったでしょう。
欠点を持たない完璧な女性である故にシラノとクリスチャンの悩みを理解していません。
また話したところで共感して貰えるものでもないとどこかで思っていたのではないでしょうか。
だからこそシラノは彼女への思いごとその嘘を墓場へ持っていくつもりだったのです。
贖罪
3つ目に終盤では2人のやり取りが修道院で行われていたことにも注目です。
これはきっとシラノにとってクリスチャンを他界させたことへの贖罪だったのでしょう。
きっと彼を死なせてしまったことを心の何処かで悔いていたと推測されます。
その罪の意識と喪失感と上記の約束でシラノの心はいっぱいだったのではないでしょうか。
クリスチャンの死をもってシラノの心は贖罪へ向いてしまったのです。
内面に向き合うこと
こうしてみると本作は「内面に向き合うこと」を非常に重視した作品であるといえます。
欠点を抱えていた男たちと何ら欠点を持たない女という設定が凄く効果的に作用しました。
表面上は恋愛物語の体裁を取りつつ、その実非常に根深い人間の負の側面と向き合っています。
この世の中に完璧な人間など1人としておらず、誰しもが何かしらの欠点を抱えているものです。
そこに気付くか気付かないかが3人の複雑にねじれた関係性の中で示されているといえるでしょう。
現代にこそ必要な物語
いかがでしたでしょうか?
本作は舞台設定こそ古いものの、本質的なテーマ性は現代に通底する普遍性を持ちます。
どんなに完璧に見える人間であっても何かしらの欠落を抱えて生きているものです。
その欠落と向き合えた男2人と向き合わなかった女の残酷な物語でありました。
いつの時代も人間が抱える心の葛藤は意外と変わらないのかもしれません。
それが見えた時、本作は昔の作品ではなく今の作品として燦然と輝きを放つでしょう。