彼はどのような思いでラストの踊りに臨んだのでしょうか。
犠牲を引き受けたギス
彼はチームのメンバーに速やかにその場を離れるように伝えますが、それはこれから自分が起こす事件に彼らを巻き込むことを避けるためでした。
彼が一人で踊りを始めたわけはもちろん所長を撃ち殺すチャンスをつかむためですが、チームを巻き込みたくないという思いもあったのです。
犠牲になるのは自分だけでいいという強い思いがあったに違いありません。
カーネギーホールに見立てた舞台
彼にとっては一人で踊る舞台はカーネギーホールに見えたのではないでしょうか。
様々な思いがある中で一人踊りに没頭するギスはこれを晴れの舞台として位置づけていたのです。
誰にも何にも邪魔されずに自分が好きな踊りに身を委ねるギスは最高の気分に浸っていたに違いありません。
一筋の光
この作品のラストは非常に悲惨で思わず目を覆わずにはいられません。
しかしながらインデオロギーという悪霊に取り憑かれた人々が引き起こす悲劇の中でも、この作品には一筋の光があてられているのです。
全く自分の意思を持たない幼い男の子が大人たちに巻き込まれながらも、敵であるはずの歩哨に立つ米兵と密やかな交流を持つシーンがあります。
彼が成人した後に、朝鮮民族や大国がイデオロギーのくびきから脱して、お互いに心を通わす未来を思わず夢見たくなるではありませんか。
油断していると見逃しがちですが、米兵と捕虜の二人が転がったボールを使って鉄条網を挟んでバレーボールを始めるシーンも心憎い演出です。
ジャクソンの苦悩
本来であれば豊かなダンスの才能を活かして大舞台で活躍するはずだったジャクソンも、もちろんイデオロギーの犠牲者の一人です。
加えて彼は人種差別という黒人ならではの苦悩を抱えて軍隊の中で生きていかなくてはいけません。
彼は部下の白人からもニガーと蔑視されているのです。
パンネを訪ねたジャクソンは女が一人で生きていく苦労を語るパンネに対して白人の中で生きる黒人の方が大変だと反論するではありませんか。
彼の苦悩は軍隊を離れた日常生活の中でも続いていくのです。
人間の愚かさを描いた【スウィング・キッズ】
人間はなぜこれほど愚かなのでしょうか。イデオロギーによる悲劇を何度繰り返せば気が済むのでしょうか。
この作品はそのような人間の愚かさとそれによる悲劇をリアルに見せつけます。
パンネは資本主義も共産主義も知らなければよかったと現状を嘆くではありませんか。
でもそんな彼女の見窄らしい小屋には大量の書籍が積まれていたことを見逃してはいけません。
そう、本来人間は学び、もっと賢くなれるはずなのです。