そしてそれから10年以上、ハリウッドはヒーロー映画の黄金時代に入りました。
『アイアンマン』『アベンジャーズ』『X-MEN』などビッグバジェットのシリーズ映画が大量生産され世界中で爆発的にヒットします。
しかしそれらの質自体はそれ以前のヒーロー映画と大差のないものでした。
そのため『ダークナイト』は皮肉にもハリウッド映画全体のレベルを引き下げるきっかけにもなった作品だといえるでしょう。
歴史的な名作とは時代を良くもすれば悪くもするものなのです。
ヒーロー映画とアメリカの正義への擁護
光と闇の2つの正義をメインテーマにした『ダークナイト』は、正義について深い洞察を与えてくれます。
完全無欠のヒーローは必要なのか?
『ダークナイト』では最終的にバットマンは死んだハービーの犯した罪をすべてかぶります。
それによってゴッサムシティの悪と戦い続けたこの地方検事は、市民にとって永遠のヒーローになりました。
しかしバットマンがやったことは完全無欠のヒーロー・光の騎士の捏造だともいえます。
現実的に正義のヒーローとは善悪が混ざり合ったバットマンのような存在なのです。
正義を行ったあと闇夜に消える闇の騎士・ダークナイトこそが本物の正義のヒーローに違いありません。
しかし現実に存在しないからといって、完全無欠のヒーローをバカバカしいと全否定するのもどうなのでしょうか。
『ダークナイト』の出した答えはそれと違います。
映画は最終的に完璧なヒーローを心の中に留めておくことの大切さを訴えるものだったのです。
シンボルとしての正義のヒーロー
それはヒーロー映画がいつまでも存在し続けることの意義をも訴えます。そしてそれはアメリカの正義への擁護にも通じるものでした。
アメリカの正義とはバットマンの行いのように善悪が入り混じったものです。
世界の警察として世界平和に貢献しながらも、その反面で争いの火種をあちこちにばらまいています。
そのためアメリカはしょっちゅう世界中から非難の的にもなります。しかしそこで正義なんてどこにもないとあきらめていいのでしょうか。
光の騎士・ハービーのようにアメリカは完全な正義のシンボルとしての存在意義を持っているはずです。
たとえそれが捏造でも、その存在を信じることは誰にとっても大切なことではないでしょうか。
ベン・アフレックは2012年『アルゴ』という映画で実在のFBI捜査官を演じました。
彼はイランからのアメリカ人救出作戦を成功させたあと、誰からもその偉業を称えられることなく闇に消えました。
そして2016年に製作されたバットマンの2つの関連作で共にバットマンを演じます。
アフレックはおそらくアメリカとバットマンの正義の深いつながりを理解しているのではないでしょうか。
悪の本質をえぐりだすノーラン兄弟
クリストファー・ノーラン監督は2000年公開の衝撃作『メメント』で高い評価を受けました。
そしてそこにはすでに『ダークナイト』のジョーカーに通じる悪に対する深い洞察があったのです。
ダークナイトとメメント:共通する悪の深層心理
クリストファー・ノーランは弟のジョナサンと共同脚本で映画を作ることが多い監督です。
出世作となった『メメント』それから8年後に作られた『ダークナイト』も共にノーラン兄弟によるスクリプトが映画の元になっています。
そしてこの2つの作品は悪の捉え方として深い部分でつながっているといえるでしょう。
『メメント』の主人公レナードと『ダークナイト』のジョーカーはその悪の深層心理が似ているのです。
レナードは自ら犯した殺人事件を隠ぺいするために別の殺人事件を捏造しました。
彼は捏造された犯人に復讐しますが、記憶障害なのですぐに忘れてしまいます。そのため何度も別人を殺し続け、その思い込みを強化します。
一方のジョーカーは自らの悪が普遍的なものだということを証明すべくゴッサムシティの市民を共犯関係にしようとしました。
人々を窮地に追い込んで悪いことをさせようとしたのです。ハービーもその犠牲者となりました。
レナードとジョーカーは共に自らの罪悪感を他者に投げることで自分を正当化しようとしています。
心理学者のユングはこういった悪人の心理を「影の投影」と呼びました。
恐るべき悪の無限ループ
また2人は自らの悪が実証されてもそこから目をそらします。レナードは真実を知っても記憶障害の元でそれを忘却しました。
ジョーカーはゴッサムシティの市民の高潔さを知っても皆殺しにしてそれを消そうとしました。
2人は最終的に自分で自分をだますこと・自己欺瞞を持ってくることで延々と悪行を続けようとするのです。
『メメント』の最後にレナードが見せた哀しい復讐の無限ループはバットマンシリーズで悪行を続けるジョーカーにも通じるでしょう。
世の極悪人がなぜ悪の無限ループにはまり同じことを繰り返し続けてしまうのか。
ノーラン兄弟は『メメント』と『ダークナイト』で同様にその原因をえぐりだしたといえるでしょう。
そしてそれは極めて根源的なものなだけに、多くの人に他人事としてではなくリアルな警鐘として訴えかけてくるのです。
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