この静かな旅館の空気が、カールに悪霊と冷静に向き合う力を与えたのではないでしょうか。
女将の言葉
幸せにならなければ駄目ね。
引用:命みじかし恋せよ乙女/配給 ギャガ
旅館にやってきたカールは、女将に優しい言葉をもらいました。それは何の打算も見返りも求めない言葉です。
色々なことに苦しんできたカールにとって、これは救いの言葉でした。
凍傷の後遺症により、肉体的にも精神的にも深いダメージを受けていたカールでしたが女将にはそんなことは関係ありません。
縁がありやってきた外国人のカールに生きていて欲しかったのです。
この優しい言葉によって勇気をもらったカールは、それを武器に黒い影を撃退しました。
この時の二人の位置関係はテーブルを挟み真正面から向き合っており、カールの胸に勇気が甦ったことを表しています。
ユウは最初から死んでいたのか
ラストにユウは既に死んでいたことが明かされますが、本当に彼女は死んでいたのでしょうか。
誰にも見られていないユウ
義姉の家に来たカールに付き添ったユウは、ロベルトの部屋の前に行き彼を表に出しました。
これだけ見れば彼女は実在するようですが、よく見ると義姉もロベルトもユウを直接見ていません。
他にも娘との面会を断られ落ち込むカールを励ます場面ですが、やはり家族がいなくなってユウは姿を見せました。
カールの身近な人間にユウは会ってはいませんが、これは彼女が見えない存在であることを示唆しています。
厳然たる死
カールは旅館の女将と供にユウと彼女の母親の幻影を見ました。その後の描写からも、彼女が個人だということが表現されています。
彼女は映画の冒頭から既に個人でしたが、唯一カールにユウを「悪霊」と忠告した男性は何だったのでしょうか。
考えられるのが、彼も霊感を持つ人物だということです。
お守りをカールに書くなど、霊的存在に知識を持った人物であることは示唆されていました。
ユウは海にカールを引きずり込もうとしましたが、その行いを見るに悪霊という表現はあながち間違いでないことがわかります。
ただし、カールを愛する気持ちを持った悪霊でした。
樹木希林の存在感
樹木希林の遺作となった本作ですが、彼女の出番はさほど多くありません。しかし登場した後の存在感は大きいものでした。
ユウと母親の霊が見えたため、彼女もどこか浮世離れした存在感を感じさせます。
その一方でカールにかけた優しい言葉など、どこまでも地に足のついた人物という雰囲気も確かにありました。
女将の台詞一つ一つが彼女の遺言のようでもあり、女優・樹木希林の生き様を見届ける意味でも本作は見逃せない作品です。