16才のときピアフは街角で知り合った青年の子どもを産みます。
しかしまだ若く子どもをないがしろにした生活を送っていたことから、わずか2才で病死させてしまいます。
映画では最終盤に病で衰弱したピアフが回想することで初めて明かされます。
実際のピアフにとっても、この出来事は最も罪深いこととして刻まれた悲劇だったのかもしれません。
彼女の愛と音楽は少なからず亡くなったわが子にも向けられていたはずです。
ギャングの悪行と共に消えかけたピアフのキャリア
二十歳のとき、ピアフはナイトクラブの支配人、ルイ・ルプレに見出されプロとして歌手デビューします。
が、同年にルプレは殺害されます。未解明に終わりましたがギャング絡みの事件だったといわれています。
そこでピアフは事件の容疑者として当局から取調べを受けます。なぜなのかは映画の中でいくつか暗示されています。
ストリート・シンガー時代のピアフは街で歌うたびにギャングにもうけを搾取されていました。
ルプレのクラブで歌うようになっても金を渡しており、クラブの新年会でもそれらしき男と接していました。
つまりルプレの殺害には、ピアフを巡るルプレとギャングの金銭問題があったことがうかがえます。
もしピアフに不利な証拠があれば、彼女は逮捕と共にデビューイヤーで闇に消えた歌手になっていたでしょう。
生まれの悪さはときとして、天才の芽でさえ摘んでしまうのです。
数々の恋愛を生きた円熟期
華麗な恋愛遍歴でも知られるエディット・ピアフが最も愛した男といわれるのが、ボクサーのマルセル・セルダンです。
映画でも彼との恋愛が最も印象的に描かれています。
いつもどこか哀しげなピアフも、マルセルと見つめあうときだけは初恋の少女のようにキュートに見えます。
しかしマルセルは飛行機事故で悲劇的な死を遂げます。
劇中にはホテルの一室でそれを知り激情に駆られたピアフが、そのままステージに向かい「愛の賛歌」を歌うシーンがあります。
この異次元を結ぶ一連の粋なシークエンスが、この映画最大のハイライトといえるでしょう。
「愛の賛歌」は、この世に終わりがきても、あなたの愛があれば何でもないというほどの愛を歌いあげる曲です。
そして死後も2人を結びつけて欲しいという神への祈りで締めくくられます。ピアフの男性への愛は、まさにそういう愛だったのです。
成功におぼれた晩年
ピアフは3度にわたって車の事故に遭います。そこには下町育ちの性格が出ているといえるでしょう。
作家・コクトーや女優・ディートリヒなど上流階級の交友関係がありながら、ピアフは悪い仲間たちにも魅了されます。
劇中でも大勢で酒を飲んで車を乗り回すシーンがあります。中でも肋骨を折った事故は致命傷となり、治療のためにモルヒネが使用されます。
以来、ピアフはモルヒネ中毒になってゆきます。歌手としてのプライドを守るため麻薬の力を借りてステージに立つのです。
その副作用によって彼女は40才過ぎで老女のようにやせ衰えてゆきます。
作家・松本清張の代表作『砂の器』では、人はどれほど成功してもその生まれからは逃れられないという宿命がテーマになっています。
この厳格なリアリズムはエディット・ピアフの人生にも当てはまるのかもしれません。
ピアフにとって愛と音楽とは
ピアフの人生とは愛を歌いつづけたということの一点につきるでしょう。その愛と音楽はどのようなものだったのでしょうか。
生きるために歌い続けた下積み時代
幼少期から二十歳頃まで、ピアフはひたすら生きるために必死に歌っていたといえます。
小さなときは大道芸人の父から見捨てられないために、10代の頃はギャングに売春を強要されないために街角で声を張り上げていました。