ホラー映画という点で、日本はアメリカと並んで世界中に同じような商品を大量生産している国だといえます。
しかしこの映画でその流れは止まります。
最後にヒロインのデイナが処女として最後の生き残りになるのを拒んだとき、闇組織の科学者たちの目論見は完全に崩れるのです。
不可解な結末を徹底分析
映画は「古き者」が暴れ回ることで悲劇的な結末になります。しかし、よくよく考えればホラー映画の未来にとってそれはハッピーエンドなのです。
ホラー映画ファンの感情を反映した古き者の怒り
映画の最終盤、闇組織のディレクター・総監督として女優シガニー・ウィーバーがサプライズ登場します。
彼女はデイナに処女として最後に生き残るため連れのマーティを殺すように仕向けます。
『エイリアン』シリーズでお馴染みのウィーバーは、古典ホラーの女帝ともいえるこの役所にピッタリです。
しかし、デイナがマーティを殺さなかったことで「古き者」は目覚め、大地にその大きな拳を振り下ろします。
その怒りはそのままホラー映画の鑑賞者の感情を反映しているといえます。
なぜなら清純なヒロインだけが最後に生き残るというのが、ホラー映画の鉄則だからです。
つまり「古き者」たる私たちはデイナがホラー映画のヒロインらしく振舞わなかったことに腹を立てたのです。
聖なる処女が悪魔を倒すクリシェ
ホラー映画の鉄則には、人間の心理も深く関わっています。
『キャビン』でも淫乱女ジュールズは早々に死ぬ一方、清純なデイナは最後まで生き残ります。それは私たちの秘められた願望を投影しています。
西洋文明においては宗教上のピューリタニズムの価値観に沿ったものであり、他の文明でも清純さは女性の最大の美徳になっています。
そこから聖なる処女が悪魔を倒すというホラー映画のクリシェが生まれたのでしょう。
それに反することはホラー映画最大のタブーであり、だからこそデイナは「古き者」の大いなる怒りを買ったのです。
しかし、それはホラー映画の希望となりうるラストでもあります。
最大のタブーを破ったことで、この映画は新たなホラー映画に続く入り口を作ったといえるでしょう。
メタフィクションとしての『キャビン』
古くはフェリーニの『8 1/2』などがそうですが、この『キャビン』も映画についての映画・いわゆるメタフィクションになっています。
『キャビン』の監督たちはこの映画で一体何をしたかったのでしょうか。
商業的なホラー映画業界への復讐
監督のドリュー・ゴダードはTVドラマ『ロスト』の脚本家としても知られ、本作で一気に有名になりました。
監督を始めとしたスタッフがやりたかったことは映画の中に色濃く反映されています。
映画製作の発火点は、まちがいなく同じ映画ばかりを作る商業的なホラー映画業界への怒りにあったでしょう。
そんな業界をこらしめるには一体どうすればいいか。そこで彼らは金儲けの道具として消費されるモンスターを復讐役に抜擢。
そしてどのホラー映画でも大変な目に合う清純なヒロインを選んだのではないでしょうか。
また『キャビン』ではヤク中の間抜けなマーティが最後まで生き残るのもポイントです。
大抵のホラー映画では真っ先に殺される哀れなキャラだからこそモンスターたちと共に業界への復讐役に大抜擢されたのではないでしょうか。
腐敗した業界への復讐という目で見れば、映画のクライマックスは清々しいハッピーエンドに感じられるはずです。
ホラー映画を超えた輝き
ホラー映画のオマージュやメタファーを基礎にしたこの映画は、何度観ても味わい深いものになるはずです。
ほとんどのシーンには何らかの皮肉や意味がふくまれていて、毎回観るたびに何らかの発見があることでしょう。
考えれば考えるほど面白くなる本作はホラー映画として極めて変わった作品であり、メタフィクションとしてジャンルを超えた輝きを放っています。