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【溺れるナイフ(ネタバレ)】コウと夏芽を縛り付けるものの正体を徹底考察!コウは夏芽を守れたの?漫画との違いをチェック!

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B01MXCRQRL/cinema-notes-22

本作『溺れるナイフ』は累計発行部数170万部以上を誇る少女漫画を原作にした映画です。

さらに若手実力派俳優・小松菜奈と菅田将暉のW出演によって、公開前から大いに注目されていました。

しかし、ふたを開けてみれば特にネット上で批判にさらされることになりました。

少女漫画ファンからは「コウと夏芽の恋愛描写が雑すぎる」といった声があがりました。

一方で原作を知らない鑑賞者からは「結末が抽象的で分かりづらい」といった声があがりました。

しかし私にとって『溺れるナイフ』は4つ星の青春ラブストーリーでした。

カンヌのような権威ある国際映画祭の出品作に選ばれてもおかしくない程のクオリティを感じました。

今回は多分に過小評価されたこの映画の魅力を徹底的に掘り下げます。

コウと夏芽を縛り付けた神の呪い

コウと夏芽はお互いに田舎町に違和感を抱きながら、ずっと留まることになります。その理由は何だったのでしょう。

ボーイミーツガールの神秘感

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最近はラノベの方にメインフィールドが移っていますが、少女漫画の核心にはボーイミーツガールがあります。

少女漫画ベースの本作でも、15歳の少年少女・コウと夏芽の衝撃的な出会いから物語が始まります。

新海誠監督作の多くもそうですが、ボーイミーツガールの本質には少年少女による恋の神秘化があります。

2人のロマンスが世界の中心にあり、2人はあらゆる物事がその手のひらに乗っているような感覚に浸っているのです。

本作でもコウと夏芽はそんな青春ロマンスの全能感を共有します。

浮雲という田舎町の名前、出会いの場所が神の海と呼ばれる不可侵の聖域だったりすることも、彼らの自己神秘化を促します。

最初コウと夏芽を田舎町に縛り付けていたものはボーイミーツガールならではの神秘感だったといえます。

神秘感の裏返しとして出てきた呪われた意識

夏芽とコウのボーイミーツガールは過酷な現実によって壊れます

夏芽が強姦未遂事件の犠牲になり、コウが現場にいながら救えなかったことで2人の恋は一気に冷めます。

夏芽はコウにベタぼれ状態でしたが事件以降は長く自ら会いに行きませんでした。再会すると自分を助けてくれなかったことでコウを強く責めます

彼女がコウを本当に好きであれば、心身ともに傷を負った彼のことを労わっていたことでしょう。

そして彼らは共にひどい目にあったのは、不可侵の海を泳いで神の呪いにあったからだと思い込みます。

それはボーイミーツガール的な思い込み心理の裏返しといえます。

恋が冷めた後、コウと夏芽は呪いの意識の共有によって浮雲という田舎町に縛り付けられることになるのです。

名演と撮影と演出の力

物語自体はボーイミーツガール的な浅はかさを持っています。

しかし小松菜奈と菅田将暉の演技力や美しい撮影、また監督の自由な演出によって本作は映画ならではの輝きを放ちます。

コウのアンビバレントな魅力

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菅田将暉演じるコウは、ひと言で言えば昭和ツンデレ少年です。野生児そのままに荒々しく生きていて、女の子が相手でも容赦ありません。

コウを突き飛ばして海に飛び込むシーンなどでは完全に男友達といるノリです。つばをかけた後にキスをするのもまさに昭和男児。

見ているだけで痛々しくも感じますが、これは今も息づく田舎少年のリアルでもあるでしょう。

一方でコウには芸術家気質でミステリアスな一面もあり、そのアンビバレントなキャラが非常に魅力的です。

コウと夏芽の仲はいつもチグハグしていてぎこちありませんが、その歯車がかみ合わない点が2人の最大の魅力でもあります。

それは、すべてがお決まりの演技でスムーズに進むTVドラマなどでは決して味わえない映画ならではの表現方法なのです。

妖艶な小松菜奈

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対する小松菜奈演じる夏芽は、乱暴なコウちゃんに振り回されっぱなしです。

感情も体力もMAXまで使い果たすその演技は役にすべてを捧げた女優魂を感じさせます。

2016年度のキネマ旬報ベストテンで新人女優賞を獲ったのもうなずけます。

一方で小松には観る者を惹きつける生来の妖艶さがあります。

夏芽が真っ赤なツバキを口にくわえてバイクのコウちゃんを見送るシーンでは、その美しさがいつまでも残像として焼きつきます。

このシーンだけではなくほぼ全カットが美しいと思わせる撮影も見事な映画でした。

そして2人の自由で豊かな演技を引き出した監督の演出力も見逃せません。

映画の大きな穴になった原作との違い

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『溺れるナイフ』は原作ファンから一斉にブーイングされる映画になりました。

しかし後述もしますがその不満の多くは作品の内容ではなく漫画と映画のギャップに向けられたものなのです。

一方で原作ファンの言い分にも正しいものがあります。その最たるものが、コウと夏芽の結びつきが深く感じられるシーンがなかったことです。

転機となる強姦未遂事件の前、原作では2人は神の海で出会った全能感によって深く結びついていました。

しかし映画ではコウちゃんのツンデレ感が強く、2人の愛はずっと揺れている状態でした。

強姦未遂以降2人は別れますが、多くの人はそれ以前の彼らの愛が不確かだっただけに失恋の哀しみを実感できなかったはずです。

映画の中盤以降は愛の喪失がテーマなだけに前半の2人の愛の弱さは極めて大きくマイナスに響きます

事件前にもっと大胆に強く彼らの結びつきを表現しておくべきだったでしょう。

脇役の弱さ

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映画版のもう1つの欠点は、脇役の弱さにあります。夏芽はコウと別れた後、同級生の大友とつきあうようになります。

しかし大友があまりに田舎町の好青年、または野暮な庶民派なのです。コウと対照的な少年が描きたかったのでしょうが、これは行き過ぎです。

夏芽の友達として大友はいい味を出しますが、クールな彼女の恋の相手には全く合いません。

多様な魅力のあるコウのライバルとしても不釣合いです。また大友にはいわゆる「いい人」にありがちな欠点もあります。

夏芽がコウや仕事のことで落ち込んでいる時、彼は話をじっくり聞くこともなくただ無理やり元気づけようとします。

「いい人」とは大体、物事の明るい面ばかりに捕らわれて暗部を見ようとしません。

大友の他にコウに淡い思いを寄せる少女も出てきますが、最後まですべてを静観しているだけです。

この脇役2人がもっと魅力的でコウと夏芽の仲に食い込んでくれば、話はもっと面白くなったことでしょう。

原作と違う結末を徹底分析

原作を読んでいない鑑賞者の多くは、この映画の結末があまりに抽象的過ぎて分からなかったと感じたようです。

しかしよく考えれば、この不可解さには1つの明白な筋が隠されているのです。

コウが夏芽を守ったという妄想願望

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原作を読んでいない多くの人はクライマックスに混乱させられたでしょう。それは虚実混交の構成だったからです。

何しろ夏芽の夢と現実、そして彼女の主演映画のシーンまでもが1つに交じり合っているのです。

しかし監督を始めとした作り手はただ鑑賞者を煙に巻きたかったというワケではないはずです。

この虚実混交のカオスの中には1つの道筋が見えます。

終盤、夏芽は東京に引っ越す前に部屋のベッドで寝転がり、コウのくれた数珠をながめます。

続くシーンで彼女はその数珠を見た後に、かつてコウと愛し合ったことのある神社の小屋の階段を上がってゆきます。

それはまさに数珠つなぎのシーンだと見れます。つまり神社の場面はベッドで見た彼女の妄想だと読めるのです。

そもそもその2度目の火祭りの時には、夏芽とコウの仲は完全に切れていました。それなのに2人がなぜ神社で再び愛し合おうとするのでしょうか。

後に夏芽の前に現れた強姦魔にもリアリティがありません。1年前と同じ犯罪を同じ町で同じ人にしようとする人がいるでしょうか。

その後、駆けつけたコウが強姦魔の男に打ち勝ち、自殺した男を神の海に遺棄します。そうしてコウは東京に戻り女優として成功を収めるのです。

マルホランド・ドライブに通じる計算された虚実混交

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結果的に夏芽は数多くのものを手にします。

コウとの再会・強姦魔への復讐(しかも犯人が自殺したことでコウは殺人者になりませんでした)・女優としての成功。

超ご都合主義ともいえる展開であり、もしそれだけであれば多くの鑑賞者は白けていたでしょう。

しかし、そこにはすべてが夏芽の妄想願望だったという筋も隠されています。最大のヒントはラストシーンにあります。

夏芽主演の映画の1シーンとして男女2人がバイクに乗る場面が流れますが、その途中で映画の主演俳優が突如コウに成り代わるのです。

そこには、すべてが夏芽の妄想だったという暗示があります。

火祭りのシーン以降、すべては引越し前のベッドでコウの数珠をながめていた彼女による願望の産物だったと読めるのです。

デヴィッド・リンチの傑作『マルホランド・ドライブ』でも、それと気づかれない形で虚実混交の構成が敷かれています。

そこではこの映画とは逆に映画の前半部がヒロインによる妄想願望でした。

とにかく夏芽の願望だとすれば、クライマックスの混乱にも1つの確かな道筋が現れるのです。

映画ならではの魅力

原作ファンの多くはこの映画の出来に腹を立てたようです。しかし彼らは映画というものの魅力を理解していなかったのではないでしょうか。

詩のような抽象力

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原作ファンの多くは特にコウと夏芽の恋愛が丁寧に描かれていなかったことを非難しています。

しかし映画におけるラブストーリーは漫画やドラマよりも遥かに抽象的になります。大切なシーンだけを描いてその本質をインスパイアするのです。

それは小説に対する詩や俳句に似ています。最小限の量で最大限の表現を狙う。映画もそういう抽象アートの1つです。

しかし先述したようにコウと夏芽が深く結ばれるシーンがなかったのはこの映画の最大の欠点だったといえます。

リアリティ重視による結末の改変

また映画では漫画よりも遥かにリアリティが重んじられます。一連のクライマックスシーンは、明らかなご都合展開です。

そこで脚本も担当した監督は、それらが夏芽の妄想だと受け取れるように構成し直したのではないでしょうか。

原作を読んだ多くの人は映画のクライマックスが断片的過ぎると感じたでしょう。原作ではもっと丁寧に一連のドラマが描かれています。

しかし原作のままの筋では格段にリアリティが落ちます。

いくら変質者でも一度捕まって痛い目にあいながら2年続けて同じ場所で同じ人に強姦をしかけるでしょうか。

それが現実に起こったことであれば、映画を観慣れた人はそこで一気に白けたことでしょう。

溺れるナイフの比ゆ力

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『溺れるナイフ』というタイトル通り、映画の中ではナイフが海に沈むシーンがいくつか挿入されます。

それは見事なメタファーになっており、この比ゆ力も映画ならではの魅力だといえます。ナイフは美しくかつ危険な10代を臭わせます。

それは人が手にしたときには力を発揮しますが、海に落ちるとただただ下に沈んでゆくだけです。

それはボーイミーツガールの全能世界から非情な現実の中で無力になったコウと夏芽にも通じます。

『溺れるナイフ』は物語としては未熟です。

それでも演技・構成・メタファー・撮影といった点で素晴らしく、青春恋愛映画として一級品の味わいを持っています。