生来の育ちのよい彼女の倫理観が、それを許さなかったのでしょう。

ビッグとジェットの明暗を分けたもの

生きる動機の違い

ジェットはたしかに、商才に恵まれて、巨大な成功を手にしました。しかし実は、レズリーへの報われない想いが最大の動機でした。

そこを封印したがために、底なしの成功を収めても、パーティで酔い潰れて、誰も居なくなった会場で、寂しげに胸中を吐露します。

一方ジョーダンは 祖父の代からの大牧場主で、最初から守るべきものを抱えていました。

自分の家の使用人だったジェットが一躍成り上がると、さすがに気に入らず、屋号を使わせないなど嫌がらせをします。

一家で参加したジェットの会社の創立記念パーティの会場で、メキシコ人の嫁が美容室の利用を人種差別的な理由から拒否されるという侮辱に遭ってしまいます。

それに怒った息子が、会場に泥酔して入ってきたジェットに殴りかかり、公衆の面前で逆に殴られてしまいました。

それを見たジョーダンは、自らワインセラーにジェットを呼び出し、積年の決着を図ります。

しかし、ジェットの余りに情けない泥酔ぶりに呆れ、見栄を張って購入したセスナ機も売却し、車一つで家族と帰路につきます。

彼は、孫娘や、黒人の老夫婦が、食堂の店員に言われのない差別を受けた時も、年甲斐もなく、店員と猛烈な殴り合いをして抗議しました。

おそらくジェットだったら、逃げ出していたかもしれません。

とても保守的で厳格な家長の印象が一貫していますが誤ったことをしたと気づいた時には潔く非を認めるところが清々しいですね。

監督が提示した200分間

テキサスの、ベネディクト家の25年


監督が目指したのは、ベネディクト家の30年に渡る営みを通して、テキサスという州の変遷を俯瞰で語ることでした。

そのために当時としては異例の長尺の200分が必要だったのでしょう。

起承転結を追っても、いわゆる派手な展開はありません。(時代としては、2つの世界大戦の狭間で、戦死した息子も居ますが)

時代的に”風と共に去りぬ”からの影響も色濃かったかもしれません。長いスパンでストーリーを追うスタイルの参考にされた可能性大です。

ベネディクト夫妻やジェットの経年変化のメイクはさすがにあか抜けていませんが、パーティの様子は今みても遜色ない印象です。

ジョージ・スティーブンス監督は、戦時中はアメリカ陸軍に同行し、いわゆる戦意高揚映画の制作に駆り出されていました。

ある収容所でのフィルムが、ニュールンベルグ裁判の資料として使われたりもしたこともあり、戦後はガラリと作風が変わりました。

人間の内面を丁寧に描いた作風を集大成した本作が大ヒットし、ドメスティック・リアリズムの巨匠の名を確立しました。

1954年の時点で、男女、人種差別への強烈なプロテストも含んでいたりと、先見性があり、世紀を跨ぐ要素は充分感じられます。

設定こそ1920〜1950年代ですが、撮影当時のテキサスの雄大な原風景は、圧巻です。

ジェームズ・ディーン(50歳)?

不良中年のプロトタイプ

本作はジェームズ・ディーンの生涯出演した3本のうちの最後の作品です。

公開直前にジェームズが事故で他界したこともあって、彼が主演のように語られることも多いのです。

実際のところ、役柄上は独立して事業を立ち上げ、大成功は収めますが、あくまでもベネディクト夫妻を引き立てる役どころでした。

序盤のパブリックイメージ通りの、怒れる若者的なふるまいは勿論、注目は原油採掘事業を大成功させた後の、年齢を重ねた姿です。