ハリウッドの世界では影の存在(役割)なのですが、クリフは楽しそうな毎日を送っています。「クール。陽でドライな存在」。
そしてシャロン。「昔話」的にいうならお姫様なのでしょう。事実ミニスカートにブーツのシャロンはまるで無垢なバービー人形のようです。
彼女にはほとんど重要なセリフがありません。つまりストーリーに絡ませていないのです。憧れのお姫様なのですから。
当時既に大スターで国民から広く愛されていたスティーブ・マックィーンにシャロンを褒めさせるという演出もなかなか憎い手法です。
シャロンは結末に向けて、リックとクリフの視線の先にある「未来を絶たれた天使」として描かれています。
こうしたメインの2人+1人の(ポスターに大きく描かれている3人)によって物語は一応進行はしていきます。
しかし特に前半は小ネタ的プロットの積み重ねで映画がどこへ進むのか、主人公は誰なのかが判然としません。
ここでみなさんはハタと気がつくはずです。
この映画の主人公は
「1969年のハリウッド」
に他ならないと。
リックやクリフ、そしてシャロンも「1969年のハリウッド」の一部に過ぎず、言いすぎかも知れませんが、3人とて借景の一コマと見えてくるのです。
その主人公たる「1969年のハリウッド」は8月9日の夜に起きた事件へと収斂していくわけです。
その夜にこそタランティーノの大きな野望が置かれていました。
「1969年のハリウッド」に命を吹き込む二人
先程この映画の主人公は「1969年のハリウッド」だ、といいました。このテーゼに命を吹き込んだのが、ブラッド・ピットとディカプリオでした。
多くの映画ファンは、ブラッド・ピットとディカプリオを同じ画面で観ることができる日がこんなに早く来るとは思っていなかったのではないでしょうか。
それぞれが主役を張りヒット映画を製作することが出来る「華麗な大輪の花」を豪華にも本作のメインキャストに据えました。
この事により本作の色彩が一層鮮やかになりました。「1969年のハリウッド」に命が吹き込まれた、といってもいいでしょう。
それと同時に大胆な「歴史改変ファンタジー」でもある本作が彼らの存在の重さと確かな演技によって上滑りしない「華麗な重厚さ」を獲得しました。
「スパーン映画牧場」の重要性
ラストへ向けた引き金
クリフが街頭に立つプシーキャット(これもスゴイ名前です)に誘われてたどり着いた「スパーン映画牧場」。
クリフはかつてここで映画を撮ったりスタントの仕事をしていた思い出の地でした。そして牧場主は世話になったジョージがいるはずでした。
しかし周りを見ると出てくるのはヒッピーの姿をした娘や髪の毛が長い男だけ。ヒッピーのコミューンとなっていたのでした。
しかもシャロン・テート殺害事件を起こしたマンソン一味のアジトのようです。
たらたらしていた映画は、ここから物語が一気に進行し始めます。
クリフのクルマがパンクさせられた意味
観客は8月9日に結末がやってくることはあらかた知っています。映画に時間が表示されるのは、ラストへのカウントダウンを予言するものです。
この映画牧場に巣食うマンソン一味の不穏さのシークエンスは観客をサスペンスフルな状況へと誘います。
ひょっとしたらクリスが殺されるのではないか、とハラハラするところです。
タランティーノは重要な役者であってもあっけなく殺してしまうので、観客は気が気ではありません。このあたりもタランティーノの演出が光ります。
結局ジョージは目がほとんど見えなくなっていたもののヒッピーたちの世話になって生きていて、クリフの身には何も起きませんでした。
ジョージが盲目になっていたこと、これにもこれまでの、そしてこれからのコンテキストを振り返りまた予想すると、様々な想像が膨らみます。
リックは牧場から去る時、嫌がらせにクルマのタイヤをナイフでパンクさせられた事に気が付きます。
すると彼はこのことに異常なほど腹を立て、犯人のヒッピーを容赦なくボコボコにします。
小さな出来事ですが、このシーンはラストに向けた伏線のひとつになっています。
この「スパーン映画牧場」のシークエンスは、タランティーノが最終的に訴えたい事の大きな伏線となっています。
きわめて重要な場面だということを見逃してはならないでしょう。
タランティーノ的愛情+復讐の怒涛のラスト
その手で来たか!
ラストシークエンスではタランティーノらしい過激なバイオレンスが爆発します。
リックの家に押し入って来たヒッピーたちに手加減しない暴力を見舞います。女であろうが、頭を押さえつけて、壁や暖炉にぶつけ続けます。
観ている方が、もういいよ、といいたくなるバイオレンスが炸裂。完膚なきまでに容赦なくにヒッピーを打ちのめします。
プールで浮き輪に乗って酒を飲んでいたリックの所に飛んできたヒッピーの女を彼は映画の小道具の火炎放射器で丸焼きにしてしまいます。
この火炎放射器は伏線として前半にリックの映画(「イングロリアル・バスターズ」を連想させています)に使われたナチを焼殺した小道具でした。
特にクリフの容赦ないバイオレンスは、これまでの論拠から理解出来る通り、タランティーノの一大復讐シーンに他なりません。
「よくも愛しのシャロン(お姫様)を惨殺しやがったな、このヒッピー野郎!」という。
大根だったかも知れませんが、女優として純粋に成長を夢みていたシャロン、もう少しで母になろうとしていたシャロン。
タランティーノは、そんなシャロンの未来と夢を断ったヒッピー野郎たちを絶対に許せなかったのです。
故に事実を改変してこうした童話を仕立てあげ、シャロンの魂を救ったということが出来るでしょう。