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【この世界の(さらにいくつもの)片隅に(ネタバレ)】大事なシーンをあえてカットした理由を考察!ヨーコは何を象徴している?

出典元:https://www.amazon.co.jp/dp/B07HMSXBJZ/cinema-notes-22

『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、2019年12月20日(金)に公開するアニメ映画です。

本作は2016年に公開した『この世界の片隅に』に、新カットを追加された長尺編となっております。

戦争や、戦争の中でも懸命に生きる人々を描いた本作。

なぜ本作で追加された大事なシーンは、前作でカットされたのか。

またラストに登場するヨーコが象徴するものは何かにも迫っていきます。

『この世界の片隅に』から3年

この世界の片隅に

2016年11月に公開された『この世界の片隅に』。

内容があまりに素晴らしいと、公開後から口コミもあって爆発的な伸びをみせた作品です。

ですが企画の段階では、資金集めすらできなかったことをご存知でしょうか。

「地味すぎる映画」と業界関係者から酷評され、資金が集まらなかったのです。

そのためクラウドファンディングで一般の方から資金を募った結果、上映にいたりました。

しかし『この世界の片隅に』では、原作にはある重要なシーンがカットされていたのです。

そのカットされたシーンを新たに追加したのが、本作です。

なぜ前作で大事なシーンをカットしたのか

本作で追加されたリンの物語

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス)

本作で追加された要素として、最も重要なものが白木リンと周作が両思いであったという物語

リンと周作が両思いであったことは、すずの周作への反発すずとリンとのやり取りにも意味を持たせます

しかし『この世界の片隅に』では、リンはすずの道案内をするシーンにしか登場しなかったのです。

劇中では道案内のみで、エンドロールではリンのラフ画が流れます。

これは、本来『この世界の片隅に』にも白木リンと周作の物語を描くはずだったことを表しているのです。

ではなぜカットしたのか、理由は2つありますので、それぞれご紹介していきます。

監督が観客に原作の魅力にも触れて欲しかったから

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

一つ目は「片渕監督が観客に原作も読んで欲しかったから」です。

本作と前作の監督を務めた片渕監督は、白木リンの物語が非常に重要なものであることを承知していました。

承知していながら、あえてその物語を映画に入れないことで白木リンの存在感のなさを浮き彫りにしたのです。

片渕監督は、観客に映画を観て終わるのではなく原作まで読んでもらうことを望みました。

そのために、あえてリンの物語をカットしエンドロールに登場させるという方法を取ったのです。

すずというキャラクターへの愛情

二つ目の理由は「白木リンの物語を入れることですずが終始苦しんでしまうから」です。

すずの境遇が悲惨になっていったことは、映画を観た方は百も承知でしょう。

『この世界の片隅で』の前半では、持ち前の性格もあって、新天地でもそれほど苦労することなく溶け込んでいたすず。

しかし、本作では前半に白木リンと周作の物語が入ることで、すずは前半でも苦しむことになりました。

そのため本作では映画を通して終始苦しむずずがいます。

『この世界の片隅に』を制作するとき、そんなすずを描くことに片渕監督は抵抗を感じました。

リンのシーンをカットした2つの理由に共通することは、片渕監督がいかに作品を想っているのか、です。

作品の魅力を本当に理解しているからこそ、物語で最も重要なシーンの一つをあえてカットしたのです。

リンとすずは幼き頃に出会っていた

この世界の片隅に 劇場アニメ原画集

すずと周作が幼いころに出会っていたかもしれない、という話は劇中出てきました。

一方で、リンとすずも幼いころに出会っていたことをご存知だったでしょうか。

すずが祖母の家で座敷童に出会った話、その座敷童こそがリンだったのです。

すずの屋根裏部屋で女の子を見たエピソードやスイカがなくなったエピソード。

リンの屋根裏部屋で過ごしたことがあるエピソードとスイカを一度だけ食べたことがあるエピソード。

実は二人のエピソードはリンクしており、幼いころにすでに出会っていたことがわかります。

本作でリンとすずが出会っていたことが、それとなくしか示されていなかったことには理由があります。

それはリンが周作と恋仲にあったことを強調するためです。

リンと周作の物語があったことで、すずが嫉妬するといったような、前作と違う一面を描くことに成功しました。

そのためリンと周作の物語が強調されるよう、リンとすずの出会いはそれとなくしかわからないような描写になりました。

最後に現れたヨーコは何を象徴するのか

ヨーコは戦後の復興の象徴

小説 この世界の片隅に (双葉文庫)

ヨーコとは、本作の最後ですずと周作に引き取られた、身寄りのない女の子です。

映画で名前は登場していませんが、ノベライズ版で名前が明かされています。

そのヨーコは、戦後日本の復興の象徴だったのです。

親も兄弟もおらず、何も持たないヨーコはまさしく敗戦したときの日本そのものでした。

しかし北條家に引き取られてからすくすくと育ち、裁縫を習っているシーンでは洋服も作っています。

日本では戦前、女性が洋服を着ることは珍しいことで、洋服が女性にも普及したのは戦後のことです。

そのため洋服を作っているヨーコはまさしく日本の復興を象徴しているのです。

希望をもたせてくれる存在

またヨーコは、北條家に希望をもたらした存在としても描かれています。

戦争や台風など相次ぐ悲劇で、北條家はいろいろなものを失いました。

そんな中、唯一得たものがヨーコだったのです。

ヨーコはすずや周作、そして北條家の人々にとっても大切な存在となりました。

先ほど、ヨーコは日本の復興の象徴と書きましたが、それに加え北條家が新たにスタートをするための存在ともいえます。

ヨーコは、北條家に、そして日本にも希望をもたせてくれる存在だったのです。

すずが世界に居場所を見出す物語

最後に自分の居場所を見出せたすず

劇場アニメ「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック

戦争や戦時中の人々の生活を緻密に描いている本作。

一方、本作の物語はすずが自分の居場所を見つけるための物語でもあります。

そして最終的に、世界に自分の居場所を見つけたすずの言葉が以下のものです。

この世界の片隅に、私を見つけてくれて、ありがとう

引用:この世界の(さらにいくつもの)片隅に/配給:東京テアトル

タイトルも含まれているこの印象的なセリフ。

では、すずは一体どのように自らの居場所を見つけたのでしょうか。

すずの居場所とは

本作を通して、すずは自分の居場所が見いだせずに苦しみました。

嫁ぎ先の北條家、リンとの結婚を諦めた周作、戦争で崩れていく日本、大好きな絵を描く右手を失ったこと。

すずは夫から必要とされていなかったと感じ、自分が愛するものを失っていく世界に居場所が見つけられなかったのです。

しかし北條家からかけられた言葉、周作が人々の雑踏から見つけてくれたことで、すずは居場所を見つけました。

そして周作をはじめとした北條家の人々と、ともに生きていくことで一人の女性として自立したのです。

すずが北條家に居場所を見つけられたことにはヨーコも重要な役割を果たしました。

ヨーコを養子に迎えたことで、すずと北條家にあった溝が埋まったのです。

当時は、家を存続させるために女性は子どもを産むもの、という認識が強い時代でした。

しかしすずは子を授かることがなく、北條家に後ろめたい気持ちを抱えていましたが、ヨーコがそれを解消したのです。

この物語は戦争の物語であり、そして一人の女性が葛藤しながらも自立していく物語でもあるといえるでしょう。

時代をリアルに描いた作品

当時の結婚観

この世界の片隅に【TBSオンデマンド】

本作は、当時の日本を非常に丁寧に描いていることが印象的です。

その中でも当時の結婚観はとてもリアルに描かれています。

戦前は、現代のような恋愛結婚は珍しく、すずと周作のような家族間での取り決めによる結婚が一般的でした。

つまり、お互いをよく知らないまま結婚生活が始まるのです。

本作の前半では、すずと周作はどこかお互い本音をいえない関係でした。

そのため、すずがリンと周作の関係を知ったときも、周作に何も言えず一人で抱えて苦しんだのです。

本作で追加された、リンと周作の物語にも当時の時代背景が強く映し出されています。

周作は軍の関係の仕事に就いており、当時は非常に評判の良い職業とされていました。

一方のリンは水商売をしていたため、世間からの評判を気にした北條家が二人の関係を認めなかったのです。

すずと水原哲、周作と白木リン

すずには水原哲、周作には白木リンと好きな人がいました。

しかし、そういった自分の気持ちと折り合いをつけて共に歩んでいく二人。

それは当時の価値観でもあり戦争の時代でもあったので、どんな境遇も受け入れざるを得ないという一種の諦観だったのです。

本作のタイトルの意味は

ピットロード この世界の (さらにいくつもの)片隅に 日本海軍 戦艦 大和 1/700スケール プラモデル PD45

本作のタイトルは『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』です。

本作は前作からいくつものシーンを追加したことで、前作より多くの登場人物が描かれています。

つまり、さらにいくつもの人の人生が描かれているのです。

また新たに登場した人物たちが、すずと周作と関係していくことで、すずや周作の前作と異なる面を見ることもできます。

戦争の悲惨さだけではなく、人々の日々の暮らしも、多くの人間の人生も描いた本作。

だからこそ観た人の心に届く作品となっているのです。