大切な事を決めるときは、相手の気持ちとか、親とか、常識とか、そういうものを考えるのではなく、自分の気持ちに正直になることを。
この時のノアの決意は、死ぬまで揺らぐことのないものでした。
二人が「うまくやる」ために、常に努力をし続けたのです。まさに理想の愛の姿を貫いています。
「きみに読む物語」を一言で表す台詞
美しい風景と音楽で始まる今作において、ノアの台詞から彼の人生観を感じることができます。
私はどこにでもいる、平凡な思想の平凡な男だ
平凡な人生を歩み、名を残すこともなく、じきに忘れ去られる
でも1つだけ、誰にも負けなかったことがある
命懸けで、ある人を愛した
私にはそれで十分だ
引用:きみに読む物語/配給会社:ギャガ
この台詞を証明するための映画であったといっても過言ではありません。
舞台となったのは1940年代のアメリカで、その時代の価値観・社会情勢・テクノロジーだからこそ成立した物語。
現代のテクノロジーは我々に便利さを与えた一方で、繋がっていない時間というものを奪ってしまったのかもしれません。
重層的な伏線
若かりし頃二人が海にデートに行った際の、何気ないシーンの、何気ない台詞です。
前世で私、鳥だったと思う?
何のこと?
“生まれ変わり“よ
あなたも鳥よね?
君が鳥なら
引用:きみに読む物語/配給会社:ギャガ
とってもベタで、とってもクサイ台詞です。
「10代の初恋だし、燃え上がっているし、そういうものだよね。」と過去を思い出して苦笑いをされた方もいるのではないでしょうか。
さて、この台詞ですが、その後二度にわたって伏線の働きをします。
一つ目は、7年越しで再会したアリーとボートで湖に出て、鳥に餌をあげるシーン。
このシーンから、ノアは過去にアリーが「鳥の生まれ変わり」と言っていたことを覚えていて、連れて行ったことが分かります。
それだけ過去の思い出を生きる糧として大切にしてきたのでしょう。
二つ目は、ラストシーンで二人が交わした会話と密接に関わりがあるので、そちらを紹介しながら考察したいと思います。
ラストシーンの意味するもの
ラストシーンで心肺停止の状態から戻ったノアとアリーの最後の会話は、言葉数は少なくとも、一言一言から愛を感じるものでした。
あなたは、私たちの愛が奇跡を起こすと思う?
ああ、思うよ。今までだって、戻ってきてくれたろ?
私たち一緒に、死ねるかしら
私たちの愛に不可能はないさ
愛してる
私も愛してるよ
おやすみ
また会おう
引用:きみに読む物語/配給会社:ギャガ
この台詞の後に、一緒のベッドで永久の眠りについた二人。
穏やかな表情で旅立った二人のあとに映し出された映像は、力強く飛び立つ鳥の群れ。
この鳥が飛び立つカットは、愛し合う二人が生まれ変わっても一緒にいることを映像で伝えているのではないでしょうか。
つまり、二人の旅立ちが、若かりし頃にはしゃぎながら交わした言葉をなぞるものになったと考えられます。
ノアとアリーの二人は何度も様々な形で離れ、何度もお互いを求めあう人生を過ごしたのです。
二人の互いを思い合う愛の深さこそが、この映画の衰えない魅力になっているのでしょう。
自分の中の純粋性を確認できる優れた映画に感謝して、筆を置きます。